所長の国家観は正漢字「國」の成り立ちに依っている。これは戦後日本における数少ない戦時国際法家の一人である佐藤和男教授から学んだものである。
国という字は以前は國と書きましたが、外側の四角はテリトリー、つまり国の領土を表します。その中の口は人口、住民、民族を表します。戦後、私は韓国へ約二十回ほど行っていますが、韓国では人間のことを食口と呼んでいます。
次に、戈(ほこ)は、武力、実力、物理的強制力を表します。一定の領土の中に人民が住んで、それを実力で統治している政府がある。これが国なのです。支那(中国)の漢字は実によく意味を表していますね(国際法と日本/佐藤和男著/神社本庁研修ブックレット/1992年初版発行、44ページ)。 所長の手元にある国際法辞典(筒井若水編/有斐閣/1998年初版発行)は国家を次にように解説している。
国際法の原則的主体で、国際法上、他のいかなる国家又は国家以外の主体の権力の下に服さず、かつ、特定の領域について最高の支配権を有しており、a領土、b人民、c確立された統治組織(政府)を有するもの。 他のいかなる国家又は国家以外の主体の権力の下に服さないことを「独立」といい、この最高の支配権、言い換えれば最高の意志決定権限のことを国際法上の「主権」という。国家の独立なくして国家に主権は有り得ないので、独立と主権は密接不可分の関係にあり、国(國)ないし国家は国民(人民)を含むのである。
したがって人間に魂があるならば、国(国家)には少なくとも国を構成する現存国民の魂がある。生きている人間の魂が人の死後にこの世に残るのであれば、日本国には現存日本国民の魂のみならず神武肇国(西暦181年、
古代天皇はなぜ殺されたのか参照)以後に倭(やまと)国そして後の日本国に生き死んだ億兆先人たちの魂がある。
組織には組織を構成し組織を守り組織を動かす人々の魂がある。制度には、心血を注いで制度を創設した人々の魂があり、その制度を引き継ぎ運用する人々の魂がある。その制度が古代から今日まで数百年あるいは数千年の間、様々な事件や試練に耐え抜いて存続している伝統であれば、その制度には幾世代にわたる億兆先人たちの魂と巨大な叡智-普遍的な経験則がある。
ところが毎日新聞論説副委員長の中村秀明は国(国家)に人の魂の存在を認めない。驚くべきことに中村秀明は「我が国(日本国)」に「日本国民」を含めないのである。
毎日新聞社は本当にマスゴミ(人間のクズの溜まり場)だと呆れた方は、
こうして日本人は国を愛せなくなった・・・日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったことを日本国民に知らせ、毎日新聞社を二度目の倒産に追い込むために、初めにブロガーへ執筆意欲を与える
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posted by 森羅万象の歴史家 at 12:00|
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