2008年02月08日

君民一体の統治は縹縷 (はなだのる) 帝国憲法第73条解説

 所長が思うに、フランス暴力革命のイデオロギーであるルソーの「主権在民」より「君民一体」の方が真実に目覚めた日本人の琴線に触れる。

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「昭和の御大典」田中繁男

 今をさる七十七年前の昭和三年十二月、日付を失念し手元の年表などにあたって見たが、昭和の御大典のことは京都で十一月十四日を中心に即位ノ礼など行われたことが記されていただけで、東京で十二月にあった御大典のことは何もみあたらなかった。

 その日の東京は雨で、それも冬十二月中旬にしては珍しい台風並の大雨で、しかも冬のこととて冷たい雨であった。それで陛下の御前を通過する分列行進に参加する全国より選抜された心身共に健康な数万の青年男女も、外套は着用していたが、氷雨を遮る傘も屋根もなく震えていた。それでも熱血の青年男女は足踏みしながら寒さを撥ね返していたところ、やがてけごろもを時かたむけてお出ましになった陛下には、天幕で拵えた屋根のある野立ち台にお立ちになったが、

《分列行進のため待機している青年らの頭上には、この雨を遮る傘か何かあるのか》

と側近に尋ねられた。《傘などの用意は特にございません》と側近が応え申し上げたところ、さらに陛下には

《傘もなく、この雨をどのようにして凌いでいるのか》

と尋ねられた。《足踏みなどして凌いでいるようでございます》と側近が応え申し上げたところ、陛下には

《それなら、あの天幕をはずせ。私も濡れながら皆を迎えよう》

と仰せになり、その御稜威におされたものか側近は、一も二もなく天幕を取り払った。

 この雨の中、陛下には天幕を取り払われた、という話は飛電のごとく雨に打たれながら待機する数万の青年男女のもとへ伝わり、一瞬、青年たちの耳を疑わしめた。そのとき、分列行進進発の号令が発せられた。と、先頭を行く誰かが、畏くも陛下におかせられては天幕を取り払われた・・・・かくなる上は我々は、羽織っている外套を脱いでは脇にかかえて、御稜威に添い奉ろうではないかと皆に呼びかけたところ、おうっと皆は一斉に賛同しては外套を脱ぎ小脇に抱えては分列行進に移っていった。

 降りしぶく雨に打たれながら、陛下、天幕を取り払われるの感激で、熱いものがこみ上げてきて、頬を紅潮させては整然と行進してきた先頭集団が一様に外套を脱いでいるのに気づかれた陛下には、非常に大きな感銘に胸を打たれたが、やおら御自らの御手で御自らの外套のボタンをはずされ、かたわらへ脱ぎすてられた。

 それを拝した青年たちの感激は尋常一様のものではなかった。陛下にはその赤誠を嘉よみせられ、応えられては御自ら外套を脱ぎ捨てられては、この激しい雨に共に打たれ休戚を分かたれんとなされたのであろう。ここに神武肇国以来の《君民一体》の極致、典型が見られ、若き日の先帝陛下昭和天皇の心意気、大御心の一端が拝せられ、感慨あらたなるものがある。

 それより二十年がたった昭和二十三年、先帝陛下には戦後の荒廃した国土、また国土の荒廃に挫けることなく戦後復興に努力している国民を励ますべく全国巡幸の最中にあられた。いまだ世はすさび、天皇不要の声さえ囂しい時代で、陛下の御命も危ない時代であった。

 そんな中、常磐炭鉱であったか、視察せられるということがあった。県知事はじめ恐懼おくあたわざる思いであったが、当日がやってきて予想もしていなかったことが出来して知事はじめ窮地に追い詰められた思いであった。選炭場など地上施設の御視察だけ予定のところ、陛下にはトロッコに乗られて地下深くの採炭現場まで降りていかれるといわれ実行されたからであった。

 落盤でもあれば知事はじめ割腹しても追いつかないことだけに、それだけに現場まで降りてこられた陛下のお姿を拝した現場の荒くれ男たちは驚き、感激にうち震えては陛下の足元で男泣きに泣いた。それをみそなわれた陛下もまた思わず貰い泣きされては涙をぬぐわれたという。これもまた君民一体の極致の現れ、御稜威の顕現といえよう。

 その続きのことであったか、東北のある都市の宿舎へ陛下には泊まられたことがあった。これを聞いた革新団体が、例により、天皇反対のデモをかけることとなった。数百人が集まり隊伍を組んでは宿舎へ向け出発した。赤旗をなびかせ、シュプレヒコールを上げては威勢よく進んでいったが、陛下のおられる宿舎へ近づくにつれ、デモ隊の元気は薄れ士気も低下していっては、それまではためいていた赤旗も一様にしなびては担い手の足取りも重くなった。

 デモ隊の隊列全体の歩みも緩慢となり、宿舎の前まできたとき、ついに歩みはとまり、なぜか意気消沈した気分の虚脱感に襲われ、無力感が全体を覆っていき、皆が名状し難い重苦しさに包まれて行ったそのときであった。隊列の中より《天皇陛下万歳》という大音声が期せずして上がった。

 一瞬、数百のデモ隊の上に異様な静寂が広がっていったが、次の瞬間、堰を切ったかのような《天皇陛下万歳》の大合唱が次々と湧き起こった。革新系であるデモ隊員にして戦後は勿論、戦中戦前より抑えに抑え続けてきた日本人としての本源的な帰属意識より発した万歳であった。そんな万歳を力一杯唱えることができて、一種溜飲を下げたような清涼感、爽快感に浸ったことであろう。これも君民一体の典型といえるものである。

 ここに君民一体とはいうが、それは恐らく日本に固有のものであって他の君主国にはないといってよい。せいぜい君民協調であり、大体は仏独露らのように君主体制は潰えさっていて、日本のように君民一体という体制の国はなく、英国といえども似て非なる国である。

 とすれば、なぜ日本にだけと言うこととなろうが、それは神武天皇には自覚され、それを原理として国を肇められ、営々二千年これ努めてきた結果に他ならない。(斬る!時事問題のトリビア・コラム!第七十五号より)


 所長の帝国憲法改正試案「第一条、大日本帝国は万世一系の天皇国民の輔弼を基に君民一体となりて之を統治す」は、帝国憲法第73条が設ける憲法の改正限界を超えないから合憲ですわーい(嬉しい顔)

 君民一体の統治の立法意志を日本の歴史からから説き明かすためには、上のエピソードのほか、仁徳天皇の免税政策聖武天皇の東大寺建立を憲法義解に挿入することが相応しいでしょうな。そして第一条の君民一体の統治が議院内閣制の導入を正当化し、統治機関から外国人を排除する根拠となるのである。

 「東大寺開眼法要の際に聖武天皇と民衆が共に握りて大仏に君民の祈願を込めた縹縷 (はなだのる) が君民一体の統治の理想を表す。これ即ち君民が苦楽を共にすることにして我が国の宝である」という風な感じです。
 
 「恭て按ずるに、憲法は我が天皇の親しく之を制定し、上祖宗に継ぎ、下後世に遺し、全国の臣民及臣民の子孫たる者をして其の条則に遵由せしめ、以て不磨の大典となす所なり。故に憲法は紛更を容さず。

 但し、法は社会の必要に調熟して其の効用を為す者なり。故に国体の大綱は万世に亙り永遠恒久にして移動すべからずと雖も、政制の節目は世運と倶に事宜を酌量して之を変通するは亦已むべからざるの必要たらずむばあらず。

 本条は将来に向て此の憲法の条項を改定するの事を禁ぜず。而して憲法を改定する為に更に特別の要件を定めたり。」(憲法義解第73条解説)

 帝国憲法第73条の立法意志が無限改正を認めていないことは明白である。だから昭和21年の帝国憲法の改正=日本国憲法の制定は改正限界を超えており帝国憲法違反なのである。憲法に改正限界を認めず、国体を破壊する無限改正を認める者は保守主義者でも保守派でもない。日本国憲法を最高法規として有効と認める者は立憲主義の敵である革命派であり、保守を名乗る資格も憲法を論ずる資格もない。

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posted by 森羅万象の歴史家 at 19:07| Comment(3) | TrackBack(0) | 本当は怖い憲法のはなし | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ブログ巡り中に立ち寄りました。
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Posted by サトシ at 2008年02月10日 10:39
帝国憲法を「不磨の大典」と呼び聖典化したのは、占領統治法第9条を「不磨の条文」と信仰する愚行に似ています。
伊藤博文は近代国家として憲法の制定が逃れざる道であって、天皇親政(或は首相公選制)なんて考えるなよという右左翼過激派への警鐘であったと考えています。
もう少し帝国憲法の柔軟さを知ってほしいと思いますね。
欽定憲法と難癖つけては先へは進めません。
Posted by minsae at 2008年02月11日 11:53
 minsaeさん、そうそう、帝国憲法は欽定憲法だけども立憲自由主義議会制デモクラシーを定める開明的な憲法です。

 ほんの少しの部分改正だけで現在でも充分に最高法規として機能します。とにかく我々は占領憲法を捨てないと国難を乗り越えられません。
Posted by 便利屋こと所長 at 2008年02月13日 23:15
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