【国際司法裁判所の成立】
19、国際紛争の平和的解決手段
一八九九年と一九〇七年に開催されたハーグ平和会議が、国家間の交戦状態を終了させ平和を講ずる会議ではなかったにもかかわらず、「平和」という熟語を冠せられたのは、この会議の第一の目的が、当時の欧州において対立していた独墺伊三国同盟(一八八二年成立)と露仏同盟(一八九一年成立)との間の軍拡競争を緩和し、軍備の縮小と諸国民の経済的負担の軽減を図り、軍事的緊張の緩和と国際平和の維持に貢献することにあったからである。しかし両会議では、肝心の軍備縮小の問題は、ロシアを始め列強各国の思惑によって未解決のままに終わった。そこで一九〇七年の第二回ハーグ会議に参集した諸国の政治家は、この会議に絶大な期待を寄せた諸国民の非難を回避する為に、戦場で発生する惨禍を減らす為の戦時国際法に関する十一の条約および空爆禁止宣言と、戦争が発生する機会そのものを減らす為の二つの条約を成立させた。この二つの条約とは、「契約上の債務回収のための武力行使を制限する条約」と一八九九年の第一回ハーグ会議が採択した「国際紛争平和的処理条約」に若干の補修を加えた同名の条約である。
<一九〇七年第二回ハーグ平和会議の諸条約>
第一条約、国際紛争平和的処理条約
第二条約、契約上の債務回収のための武力行使を制限する条約
第三条約、開戦に関する条約
第四条約、陸戦の法規および慣習に関する条約(第一回会議の同名条約の改修)
第五条約、陸戦の場合における中立国及び中立人の権利義務に関する条約
第六条約、開戦の際における敵商船の取り扱いに関する条約
第七条約、商船を軍艦に変更することに関する条約
第八条約、自動触発水雷の敷設に関する条約
第九条約、戦時に海軍力によってなす砲撃に関する条約
第十条約、ジュネーブ条約の諸原則を開戦に応用する条約(第一回ハーグ平和会議の後、赤十字条約が一九〇六年に修正されたことに基づいて第一回ハーグ会議の可決した同名の条約に修正を加えたもの)
第十一条約、海戦における捕獲権行使に対する若干の制限に関する条約
第十二条約、国際捕獲審検所の設置に関する条約(列国に批准されず未発効に終わる)
第十三条約、海戦の場合における中立国の権利義務に関する条約
国際紛争平和的処理条約が取り扱った国際紛争の平和的解決手段は、周旋及び居中調停、国際審査、仲裁裁判である。この条約は周旋と居中調停との違いを明示していない。信夫淳平博士の解説によれば、周旋とは平時紛争国間の争議を武力に訴えずして解決する為、又は戦時交戦国間に平和の克復を促す為に、当事国又は交戦国の双方に好感友情を有する第三国が右の目的に向かって瀬踏みをなす所の行為であり、その瀬踏みの行為が熟して更に一歩を進むれば、化して居中調停となる(ならぬことも勿論ある)が、周旋と居中調停との分界は実際問題としては時に間髪を容れず、その区別の判然せざる場合は往々にあるという(1)。
要するに周旋と居中調停との間には明確な差異はなく、いずれも、紛争当事者に対して、第三者すなわち国際紛争の外にいる第三国、もしくは国家間の合意によって設置される、各国の行政官庁とは別の独立した国際機関が行う「仲介」行為であり、第三者としての意見を述べて紛争当事者間の対立を緩和し、適当な紛争解決案を立案して紛争当事国に勧告し、紛争の解決を図ることである。第三者の仲介のうち、国際機関が行うものは「国際調停」と言い、国際紛争に介入した国際機関に与えられた権限が、ただ単に紛争当事者間に存在する法律上の問題または意見の対立する事実認定の問題を第三者的立場から調査し、調査結果を紛争当事者に報告することに止まる場合、これは「国際審査」もしくは「国際調査」と呼ばれる。
第一回ハーグ平和会議に国際審査委員会の設置を提案した国家はロシアである。ロシア代表が説明した提案理由は、
「審査委員会は、国際紛争の原因のうちに、事実問題に関する両当事者の認識の食い違いがある場合には、この事実を第三者の立場から審査してその結果を両当事者に示すことによって、当事者間の歩み寄りを促進することを第一の目的とする。委員会は報告書を作成するが、当事者を拘束する判決を下さない。しかし委員会の審査及び報告書作成のために費やされる時日は、当事者にその激情を鎮静する時間を与え、従って紛争は尖鋭化の状態を脱することができる。これがわれわれの目指す第二の目的である。」
というものであった。ロシアの提案は、紛争が事実認定についての見解の相違を含む場合には、すべてこの事実認定の問題を委員会の審査に付することを義務的にするものであったが、若干国の反対によって修正され、以下の国際紛争平和的処理条約第九条となった(2)。
「締約国は、名誉又は重要な利益に関係せず、単に事実上の見解の異なるより生じたる国際紛争に関し、外交上の手段に依り妥協を遂ぐること能ざりし当事者が事情の許す限り、国際審査委員会を設け、之をして公平誠実なる審理に依りて事実問題を明らかにし、右紛争の解決を容易にするの任に当たらしむるを以て、有益にして且つ希望すべきことと認む。」(第九条)
この国際審査制度によって見事に解決された有名な国際紛争は、日露戦争中にロシア海軍がイギリスとの間に惹起したドッガーバンク事件である。一九〇四年十月二十一日、リバウ軍港を出航して極東に向かおうとしたロシア海軍第二太平洋艦隊(バルチック艦隊)が、北海のドッガーバンク付近においてイギリス漁船団を日本の水雷艇隊と誤認してこれを砲撃し、その一隻を撃沈してしまったのである。この事件に対して、英露両国政府は双方の合意の上で英米露仏墺の五海軍提督によって構成される審査委員会を設置し、同委員会は一九〇五年二月二十五日、イギリス側の主張に有利な報告書を英露両国政府に交付した。その要領は、日本の水雷艇は当夜一隻も現場に存在せず、ロシア艦隊の砲撃は正当ではなかったこと、ロシア艦隊指揮官には本件に就いて責任があること、然れども以上の事実は同指揮官及びその部下将校の軍事的技能もしくは人道の念に不名誉の印するがごとき性質のものに非ざること等であった。ロシア政府はこれに基づいてロシア海軍の過誤を認め、イギリス政府に遭難者のための賠償を提供し、事件は解決されたのである。
この成功に力を得た第二回ハーグ会議は、国際審査委員会に関する規定第三章を国際紛争平和的処理条約に増補し、特に審査手続に関する規則を完備することに努め、これが第一次大戦後の国際調停制度に模範として採用され、同制度の発達に貢献したのであった。
しかしながら居中調停および国際調停がいくら広く普及し大きく発達したところで、国際社会がすべての国際紛争を平和的に解決し、紛争解決の最終手段としての戦争の出番を消滅させるまでには到達しない。なぜならば、たとえ国際機関が国際紛争の調停を行い、紛争当事者に対して、手を変え品を換えて、快刀乱麻を断つがごとき見事な解決案を繰り返し提示し、泉下の遠山金四郎や大岡忠相に絶賛されても、所詮それらは紛争当事者を拘束しない勧告に止まり、紛争当事者がそれらを無視して戦戈を交えることを許すのである(条約第六、七条)。
故に国際紛争平和的処理条約が取り扱った紛争の平和的解決手段の中で、戦争よりも合理的かつ有効な国際紛争を解決する手段があるとすれば、それは、紛争を解決する為の拘束力ある判決を紛争当事者に下す「仲裁裁判」である。
(1)信夫【戦時国際法講義1】六四二頁。
(2)田岡良一【国際法Ⅲ】二十二~二十三頁。
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