東條内閣がこの三点の要求を受諾できない以上、日米和平交渉の成立と対日経済制裁の平和的解除は不可能になった。だから東條内閣は武力を発動して我が国の存立そのものを否定する対日経済制裁を打破すべく対米英(蘭)開戦を決断し、第78回帝国議会は対米英(蘭)戦に必要な法律案と予算案を承認したのである。
ハルノート中の三つの要求「帝国の支那及び仏印よりの全面的撤兵、南京政府の否認、日独伊三国条約の破棄」は、三次にわたる近衛内閣の軍事外交政策の取り消しを要求していたのだが、東條内閣はこの要求を受諾できなかった。
その理由はいろいろとあるが、最大の理由は、ゾルゲ事件に対する検察の追及が遅く甘かったことである。もし検察が国政の大混乱を恐れることなくゾルゲ機関の謀略活動を徹底追及し近衛文麿を逮捕していれば、政治家や軍人を含め当時の全日本国民に次のことが知れ渡った。
・近衛内閣の軍事外交内政政策は、近衛文麿の最高政治幕僚である朝日新聞出身のソ連スパイ尾崎秀実によって美化され推進され正当化されていたのだから、それらは尾崎が目指した東亜新秩序(東亜共産主義社会)の実現に奉仕する政策であり、第二次近衛声明中の「東亜新秩序は日満支三国の提携で東亜に国際正義・共同防共・経済結合・新文化の創造を実現すること」は国民を欺く虚偽宣伝である。
・革新華族の近衛文麿は尾崎秀実の同志であり最凶最悪の売国奴である。
・次の鳩山一郎代議士(政友会)の日記(昭和十五年十一月一日の条)は正しかった。
「近衛時代に於ける政府の施設凡てコミンテルンのテーゼに基く。寔に怖るべし。一身を犠牲にして御奉公すべき時期の近づくを痛感す」
そうなれば東條内閣の閣僚と帝国議会の衆貴両院議員は驚愕し、自分達の余りの迂闊さを恥じ真っ青になって近衛内閣の軍事外交内政政策を取り消していた。そうすると「帝国の支那及び仏印よりの全面的撤兵、南京政府の否認、日独伊三国条約の破棄」は、アメリカ政府に要求される前に我が国の政府と議会によって自発的に実行された訳だから、日米の対立点はほぼ消滅し、アメリカ政府が対日経済制裁を継続する大義名分もまた消滅した。
そして「帝国の支那よりの全面的撤兵と南京政府の否認」は、蒋介石政権が欣求し渇望していた対日和平条件であったから、直ぐに日中和平が成立し、蒋介石政権は、昭和14年に蒋が小川平吉に伝達していた通り、満洲帝国ではなく延安の中国共産党を攻撃し支那大陸の共産主義化を防いだ。
そして「日独伊三国条約の破棄」が実現すると、日米開戦は米独開戦を伴わなくなり、イギリスとオランダが対日経済制裁を継続して日本の対南方武力行使を促し日米開戦を誘っても、アメリカの対ヨーロッパ参戦は実現せず、ただイギリスとオランダの植民地の存立が危うくなるだけだから、「日独伊三国条約の破棄」は「帝国の仏印よりの全面的撤兵」と日中和平の成立と近衛文麿の逮捕という衝撃とともにイギリスとオランダに対日経済制裁の解除を促しただろう。
昭和16年10月15日から11月27日までの間に検察が近衛文麿を逮捕して近衛の正体を日本国民に知らしめていれば、我が国は対中米英蘭和平を実現しABCD包囲網を平和的に解除できたのである。すなわち我が国が支那事変を解決できないまま米英蘭に対して開戦した本当の原因は、治安維持法と防諜法の運用が余りに甘く緩く拙かったこと、ただそれだけのことなのである。
東條内閣が近衛文麿の正体に気付かないままハルノートを拒絶して対米英蘭開戦を決断し、帝国議会がこれを承認したことは大錯誤であり大失敗だったのだが、筆者は東條内閣と帝国議会の大錯誤を非難する気にはなれない。
なぜならば日本における国際共産主義研究の第一人者であった三田村武夫が日本版のヴェノナ文書である「戦争と共産主義-昭和政治秘録」(PR)を刊行した1950年から75年後の2025年、換言すれば、近衛内閣の軍事外交内政政策を美化し推進し正当化した尾崎秀実の戦争煽動論文を収録する「尾崎秀実著作集」が刊行された1979年から46年後の2025年の今日、日本国民の圧倒的大多数は近衛文麿の正体に気付かないのだから。
国民がそれに気付かない理由は単純で、思想的にも人脈的にも歴史的にも尾崎秀実ら近衛の革新幕僚たちの後輩にあたる左翼勢力が教育とオールドメディアを支配し、国民に大東亜戦争の真実を気付かせないように情報操作を繰り返しているからである。
例えば、昭和15年2月2日の第75回帝国議会において斎藤隆夫代議士は、近衛文麿首相によって声明され尾崎秀実によって美化され宣伝されていた東亜新秩序の不明瞭な内容を政府に問い質し、近衛三原則の当否を問い質し、近衛首相によって声明され尾崎によって美化され推進されていた汪兆銘政権樹立工作の危険な問題点を列挙し、我が国が汪兆銘政権を樹立しても蒋介石政権を撃滅して全く支那事変を収拾できなくなっている元凶が参謀本部の早期和平方針を粉砕した第一次近衛声明にあることを指摘して、日清戦争を終結させた伊藤博文内閣のごとく、日露戦争を終結させた桂太郎内閣のごとく、速やかに支那事変を解決するように米内光政内閣に要求した。
斎藤隆夫の質問演説は明白に「反近衛演説」なのに、オールドメディアはこれを反軍演説と宣伝し、国民の非難の矛先を近衛から軍部に向けさせる。
オールドメディアが近衛文麿を非難すれば、近衛を非難し追及する国民が増加する。そして近衛を追及する国民は必ず近衛の最高政治幕僚であった尾崎秀実を知り、尾崎秀実著作集を入手し、同著作集第二巻に収録されている公論昭和14年11月号「汪精衛政権の基礎」を読む。そしてこれを読んだ国民は必ず「共産主義者の尾崎秀実がなぜ反共和平を標榜した汪兆銘工作を推進していたのか?」という疑問を抱く。
疑問は探求心であるから、疑問を抱いた国民は必ず自ら第一次史料を漁ってゾルゲ機関の諜報謀略活動と近衛内閣の軍事外交内政政策と近衛の正体を探求し、最終的に筆者と同じ結論に達する。
そうすると国民が確信する「我が国の実践すべき過去の反省と歴史の教訓」とは、反共法と防諜法を再生強化し、機密を盗取し国策を操作するスパイと各界の共産主義者を徹底的に掃討し殲滅することになるから、朝日新聞社をはじめオールドメディアと教育を牛耳る反日左翼勢力は死滅し、我が国はアカぬけてしまう。
だからポツダム宣言の受諾から80年後の節目に当たる2025年の8月、オールドメディアは決して三次にわたる近衛内閣の軍事外交内政政策を非難追及することなく、我々の先祖であり日本国民である日本軍将兵を貶める反日報道に終始するだろう。
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