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明治初年、小学校創設、時代の教師の多数が、廃仏的、儒道、養成の士族であったから、教育界から仏教を、排斥するに至ったのは、必然の情勢である。民間信仏者、父母の家庭に養成せられ、子供ながら習慣的にも、幾分の信念を有する児童に対し、教師が未来説は妄誕(註、言うことに根拠のないこと)である、地獄、極楽はないもので、仏教は無用の長物、坊主は天下の遊民であると杯と、軽侮的、慢言を吐いて、愚弄するのが常であった。
故に教師の言に従えば父母の意に適わず、父母の志に随えば、教師の意に背くから、教師と父母との中間に、板挟みとなって泣いた児童もあった。此の如き情勢であるから、常に教師と父母との間に意思の疎通を欠き、学校と相反目し、之が為に衝突を来したことの往々あったのは事実である。而して学校教育にも、一定の方針なく、特に西洋崇拝熱の、最盛時であったから、西洋の教育を採る者もあって、教育界は実に混乱であった。時に同二十三年十月三十日、先帝の勅語の渙発に依て、ここに教育の方針が一定するに至った。
教育勅語は 神儒二道が骨子となってあるが、該二道は、宗教でないから、之を為せ、之を守れというのみで、若し之を犯せば、精神上に何々の冥罰を受くるというが如き、制裁力がない。故にあたかも、罰則のない法律の如くであるから、之に依て、国民教育に努むるにかかわらず、人民は日に狡智に進み、社会の道義は、月に薄らぎ、将来、寒心すべき現象を呈出するに至った。ここに於いて、政府、当局者、及び学者社会において、大いに憂慮し、種々講究の結果、教育上に宗教の感化力を、応用することの有利なるを自覚して、教育と宗教との、調和策を講ずるに及んだのが、明治の末年であった。
同四十三年、内務省が発起して、神道各派、仏教各宗派、及び耶蘇教各派の、代表者を招待して、三教合同の会合を開催し、各自意見を交換し、互いに意思の疎通を謀り、以て教育上に援助を求めた。当時、宗教が内務省の所管であった故である。実に遅まきながら、ここに気の付いたのは先ず殊勝の至りである。西哲が夙に「宗教に由らずして人を教育するは、技倆ある悪魔を作るなり」と、いって居る以て、教育と宗教との、離るべからざる理由を知るべしである(仏教遭難史論269~271ページ)。
筆者は、以上を読んだ時、初めて自分を納得させる教育勅語批判に巡り合えたので、嬉しくなって思わず「なるほど、そりゃそうだわ」と大笑いしてしまった。
冥罰(みょうばつ)とは、神仏が人知れず人に下す罰である。明治天皇と明治政府は国民の自由を尊重するために、敢えて教育勅語に内閣国務各大臣の副署を加えないことにより、これを無効の詔勅として、国民に教育勅語遵守の義務を課さなかった。だから教育勅語の最後は、臣民に対する明治天皇の御希望「朕、爾臣民と倶に拳々服膺して皆其徳を一にせんことを庶願う」によって結ばれている。この教育勅語の性格上、例えば「教育勅語違反を犯せば地獄に落ちるぞ!」のような、国民の精神に勅語遵守を強制する制裁力となる文言は、勅語中に入り込めるはずがなかった。
仏教遭難史論の出版年は、尾崎秀実が東京帝大法学部を卒業した1925年(大正14年)である。1920年代には、エロ・グロ・ナンセンスが大流行し、国民の道徳倫理は衰微し、これに乗じたマルクス・レーニン主義の宣教師たちが若い学生世代を虜にして、教育勅語の全徳目に反逆するマルクスボーイやマルクスガールを大量生産していた。この前兆は明治末に現れていたのである。
幕末から昭和初めまで人心の移り変わりを観察してきた著者の羽根田文明(1848-1927)は、国民の道徳倫理観の迷走と衰退を痛感し、仏教歌人の立場から改めて教育勅語の欠陥を指摘せざるを得なかったのであろう。また羽根田が神道を宗教ではないと述べているところに、幕末から大東亜戦争敗北直後まで続いた宗教概念の変化の一端が窺えて、興味深い。
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<関連ページ>
・仏教の勝利を宣言する1925年の仏教遭難史論
・戦後日本の歴史教育および歴史報道の虚偽を立証する大東亜戦争とスターリンの謀略-戦争と共産主義
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