2016年07月11日

伊藤博文の憲法観-大日本帝國憲法とザ・フェデラリスト第49編「権力簒奪防止策」

 金子堅太郎、井上毅、伊東巳代治は憲法起草の方針について協議し、伊藤博文は以下の7つの起草原則を決定して彼ら三人に訓示した。

第一、皇室典範を制定して皇室に関係する綱領を憲法より分離する事

第二、憲法は日本の国体および歴史に基づき起草する事

第三、憲法は帝国の政治に関する大綱目のみに止め、その条文のごときも簡単明瞭にし、且つ将来国運の進展に順応するよう伸縮自在たるべき事

第四、議院法、衆議院議員選挙法は法律をもって定むる事

第五、貴族院の組織は勅令をもって定むる事ただしこの勅令の改正は貴族院の同意を求むるを要す

第六、日本帝国の領土区域は憲法に掲げず法律をもって定むる事

第七、大臣弾劾の件を廃し上奏権を議院に付与する事

 金子堅太郎は、第三原則について次のように解説している。

 第三、欧米各国の憲法は多くは帝王の圧制を検束し、又は人民の権利を保護する為に制定せられたものであるから、その条項は頗(すこぶ)る多数にして、議員の資格権利、議事の方法等に至るまで詳細明記している。

 しかしながら我が憲法においてはこれ等の条項は憲法付随の法律、勅令に譲り、憲法には帝国政治の大綱目のみに止め、又その条文のごときも簡単明瞭を主とし、将来国運の発展に伴い、伸縮自在「フレキシビリティー」にして、しばしば憲法の改正を要せざるように起草せられた(金子堅太郎著1938年版憲法制定と欧米人の評論116~120頁。133~141頁)。


 我が国は、この第三原則が帝國憲法にもたらした伸縮自在の運用性(フレキシビリティー)を活かして帝国憲法の改正を待つことなく、軍部大臣武官文民制度(内閣官制第9条の解釈変更により、文民総理大臣の原敬と浜口雄幸が海軍大臣を兼任した)、政党内閣、普通選挙、陪審制、女性参政権等を実現した。

 この帝国憲法起草方針の第三原則は、伊藤博文の独創ではなく、伊藤の座右の書「ザ・フェデラリスト」第49編「権力簒奪防止策」である。

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 岩波文庫のザ・フェデラリストは、次のように第49篇「権力簒奪防止策」の梗概(こうがい、意味はあらすじ)を記すのみである。

 憲法の正統な源泉は人民であると論じつつも、憲法上の問題をあまりにも頻繁に人民の判断に委ねることは適当ではないと述べている。ここでのマディソンの議論の叩き台となっているのは、ジェファソンの『ヴァジニア覚え書』の憲法会議論である(岩波文庫ザ・フェデラリスト235頁)。

 アメリカ合州国憲法の解説書ザ・フェデラリスト第49篇「権力簒奪防止策」は長い論文ではないのに、なぜ岩波書店はこれを省いたのか。筆者は、第49篇がマッカーサー占領軍憲法(日本国憲法)の正当性を粉砕しているからではないか、と邪推してしまう。

 それはともかく、伊藤博文が提示した7つの憲法起草原則と大日本帝国憲法から導き出される伊藤博文の憲法観は、「憲法はとかく軽佻浮薄な傾向を持つ時代の変化や流行に追随して改正されてはならない政治に関する大綱目にして最重要規範であるが故に一国の最高法規の地位にあり、憲法の下位規範である法律は時代の変化や国運の進展に対応しなければならないが故に、法律制定(改正)要件は憲法改正要件より緩い」といったところであろう。

 安倍晋三を支持する違憲有効界改憲派には、憲法と法律を混同している人がすこぶる多い。実に先が思いやられる・・・。

伊藤博文 近代日本を創った男
伊藤博文 近代日本を創った男 (講談社学術文庫)

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posted by 森羅万象の歴史家 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 本当は怖い憲法のはなし | 更新情報をチェックする
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