2014年12月15日

政治のレントシーキング-制限選挙制度

 南出喜久治弁護士が「一票の格差」より深刻な「一生の格差」、それを生み出す選挙制度の欠陥を指摘している。これが投票率の低下を招いているのだろう。

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連載:千座の置き戸(ちくらのおきど)【続・祭祀の道】編

第十六回 制限選挙

 最近は、選挙になるたび「一票の格差」がファナテックに叫ばれ、訴訟マニアによつて訴訟が提起されますが、こんなことで政治が振り回されたり、政争の具とされることにより、経世済民において喫緊の課題である最も大事なことが放置されてしまひます。

 このことについては、「青少年のための連載講座 祭祀の道」の「第四十五回 無尽と賭博」で述べましたが、最も大事なこととは、「一票の格差」の是正といふやうな瑣末なことではなく、「一生の格差」の是正なのです。

 所得格差、資産格差、生活様式格差がますます増大する格差社会となり、貧困層の生活がさらに困窮して、最終的には人の「一生の格差」がさらに拡大してゐます。これが、「賭博経済」を容認する経済制度の致命的な歪みであり、これを是正することが政治の最大の目的であるのに、それをせずに「一票の格差」といふ些末で形骸化した議論に目を奪はれ、本質的な政治制度や法制度を機能不全に陥れてゐるのです。

 「一票の格差」といふやうな、経済問題と全く無縁の政治問題といふのは、根本問題を解決する力が全くなく、閉塞感の捌け口として騒ぎ立てる、司法界と政界の単なるお遊びにすぎません

 「一票の格差」が起こり、定数是正を行はなければならない原因は、過疎化と都市集中です。そして、それを引き起こす遠因としては、賭博経済の経済構造にあります。その問題に切り込まず、イタチごっこのやうに訴訟が繰り返されます。仮に、理想的な意味で一票の格差が解消したとしても、一体それによつて「一生の格差」の是正といふ根本問題が解決するのでせうか。こんなことだけに目を奪はれてゐることによつて、根本問題の解決がさらに遠のくのです。

 私は、いまから18年前に、『参政権の閉塞的状況』といふ論文を発表し、これが『動向』の平成平成8年4月号と、『人民戦線』の平成8年5月25日号、6月25日号、7月25日号の三回に分けて掲載されましたが、改めてこの全文を別途同時掲載しますのでご覧になつてください。

 そこでは、①政治の空洞化、②立候補供託金制度の問題点、③政党助成法の問題点などを指摘し、選挙運動の制限によつて新規参入を阻む既成政党とメディアとによる「政治カルテル」があることを指摘しましたが、この傾向は、現在ではさらに一層顕著になつてきてゐます。この論文で述べた問題点は、まさに現在進行形の問題なのです。

 教科書的理解では、わが国は、戦前から戦後にかけて制限選挙から普通選挙へと移行し、拡大した選挙民の政治的意見を国政に届けるための導管的役割として「政党」があるとして、政党が法制度においても公式に認められるやうになつたと説明されてゐます。

 ところが、現在の政治状況は、こんな空虚な説明とは全く乖離してゐます。いまやわが国は、実質的には「完全な制限選挙制度の国家」となつてゐるのです。

 わが国の選挙制度は、香港ほど露骨な制限選挙ではないとしても、極めて巧妙な方法で、これと同じやうな、あるいはそれ以上の制限制度になつてゐるのです。

 つまり、政党助成法などであつく保護された政党は、いはば「政治財閥」です。新たに政党を結成しようとしても、多くの資金が必要になり、いはば「新規参入」することが事実上困難です。政党助成法によつて資金が交付される政党は、既成政党のみであり、これから新規に結成する政党へは助成はありません。

 独禁法(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)は、経済活動の領域のみに限定されるもので、政治の領域には及ばないので、経済の世界以上に、政治の世界では寡占が進んでゐるのです

 そして、政府公認の所定の政党要件を満たす政党であれば、政党助成法による助成金を受けられ、選挙運動においても、所定の政党要件を満たせば、それ以外の政党の候補者や無所属の候補者とは、公報やマメディア報道による取り扱ひなどに大きな違ひがあり、明確に「差別」されるのです。

 具体的に言へば、既成政党のうち、衆議院議員総選挙(小選挙区比例代表並立制)で比例区に立候補できる条件としては、政治団体のうち、所属する国会議員(衆議院議員又は参議院議員)を5人以上有するものであるか、近い国政選挙で全国を通して2%以上の得票(選挙区・比例代表区いづずれか)を得たものといふことです。これが「政党要件」といふもので、これを満たさない政治団体は、完全に差別されるのです。

 そのために、このやうな差別を受けずに立候補しようとする場合には、①政党として認められてゐる政治団体に所属してゐる人か、②政党として認められてゐない政治団体の場合は、公職選挙法4条により衆議院の議員定数475人のうちの10分の2以上の候補者を立ててゐるときの、その政治団体に所属してゐなければらないことになります。

 ですから、自己の政治的主張が政党要件を満たす既存の政党が掲げるものとは異なる者が立候補する場合は、自らが新規の政党(政治団体)を結成し、あるいは、自己の主張と同じくする政党(政治団体)に所属する者として立候補することになります。

 ところが、その場合は、衆議院議員定数475人の10分の2に相当する95人を立候補させることが必要となり、これを比例区で全員立候補させようとすると、一人当たり600万円の供託金(合計金5億7000万円)が必要となります。こんな多額の資金を調達できるのは、零細弱小の政治団体では全く不可能ですし、法定得票数に達しなければその全額も没取されてしまうのです。

 これこそ実質的に、被選挙権を不当に差別するもので、明らかに「法の下の平等」に違反するものであつて、形式的かつ形骸化した意味で「法の下の平等」に違反するとする「一票の格差」の類ひではないのです。

 候補者は、有権者の要望とは無関係に不公正に選定がされ、その候補者の中から代表を選ばなければならない制限選挙制になつてゐるのですから、そのことは香港と実質的に何ら変はらないのです。

 政治にもレントシーキング(rent-seeking)があるといふことです。レントシーキングといふのは、富裕層や大企業が政府や官僚に働きかけ、富裕層(大企業を含む)が自己に有利な法令を成立させ、産業振興などの産業政策の名目で、極めて安価にて国家財産(土地、鉱業権などの公共セクター)の払ひ下げを受け、又は、規制緩和による便益を優先的に受け、あるいは特例的な優遇(貿易、店舗展開、販売活動などについての有形無形の優遇)を受けるなどして、高い収益率や利益率を独占的に享有する大きな便益を政府からの「贈り物」として搾り取る活動のことです。

 そして、これらの活動によつて富の収奪が加速します。このやうにして、経済の世界では、「経済財閥」が強大化することによつて、「財力格差」が生まれ、それが拡大増幅するのです。これと同じやうに、政治の世界でも、既成政党といふ「政治財閥」が強大化することによつて、「政治格差」が生まれ、候補者(被選挙権者)が実質的に制限され、それが固定化します。「政治家の世襲制」は、その固定化の現象の一つです。

 既成政党公認の候補者と無所属や新規政党の候補者の取り扱ひは、メディア報道においては完全に差別され、しかも、それによつて法定得票数以下の得票しか得られなかつた候補者が納付した選挙供託金は、「懲罰的」に没収されます。得票数が少ないことが、どうして没収といふ不利益処分を受けることになるのでせうか

 経済の世界では、「財力」を寡占する「財閥」の増大によつて「経済格差」が広がり、政治の世界では、「権力」を寡占する「政党(政治財閥)」の増大によつて、大半の国民から被選挙権が奪はれて行く実質的な制限選挙制度といふ「政治格差」が広がります。まさに、経済の世界と政治の世界とは、このやうな相似性があるのです。

 つまり、わが国こそ、「一生の格差」を是正するための、「ひまわり学生運動」や「雨傘革命」が必要なのです。この論理によつて、多くの志ある人たちが、それぞれ訴訟を提起する必要があります。一票の格差の是正といふ形式論の訴訟よりも、一生の格差の是正といふ実質論の訴訟の方が、世の中のためになるのです。


 2012年には特定の支持政党を持たない無党派層は有権者の53%に達した。彼らは既成政党に失望している。しかし南出弁護士が指摘しているように、現在の「制限選挙制度」は新規政党の誕生と躍進を妨害する。

 そうすると無党派層は選挙の選択肢を喪失するので、投票を放棄する無党派層が続出増加し、投票率が下がるのである。そして衆参両院にまたがる既存政党は彼らに有利な「制限選挙制度」を維持し続ける。現在の政党政治は完全に閉塞状態に陥っているのである。

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posted by 森羅万象の歴史家 at 21:25| Comment(0) | TrackBack(0) | もろもろ時事評論 | 更新情報をチェックする
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