政治論略第四回－バークの護国演説

　我が国の唯一無二の正統憲法たる大日本帝國憲法の起草に多大な影響を与えた外来の思想は、伊藤博文の座右の書であったアメリカ合衆国憲法の解釈書「ザ・フェデラリスト」（1787年）と、金子堅太郎によって邦訳されたエドマンド・バークの「フランス革命の省察」（1790年）であった。

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政治論略（金子堅太郎著／元老院／明治十四年（1881年）十一月初版発行）第四回

　英國の政府もまた仏國革命の余毒まさに自國に波及せんとするの勢いあるを憂いその警備を厳にせんが為に陸海軍の定額金を増加するの議案を下院に下附せしに、当時急進党の巨擘たる「フォックス」は断然これを論駁して曰く、

「仏國の革命は実に天下の一大美事にして、これ人民天賦の自由を伸張するの兆候なり。いやしくも開進を喜ぶものは之を賛美すべし。豈（アニ）故らに陸海軍の定額金を増加し巨万の兵士を備えて之に警戒するを須（モチ）いんや」と。

　「ボルク」は之を聞き忽ち議事堂の中央に屹立し色を正して曰く、

「仏國人民は政治の理論に惑溺して数百年来の経験に因て成立したる政府を転覆し帝王の鮮血を路頭に注ぎ、代うるに無知暴激なる共和政府を以てし、卒然立法行政司法の三大権を挙げて悉く之を人民に與へ又一國の君権は人民の掌握するべきものなりと主張し、その余毒をして遠く英國に波及せしめんとするに至りては英國政府は何ぞ陸海軍備を厳にして之を警戒せざるを得んや」と。

　これにおいて反対党は異口同音「ボルク」を称して圧制政治を輔翼し天賦の自由を恢復せんことを熱望するものを排撃する所の論者なりとし謗議喋々議事堂に充満したり。然るに「ボルク」は毫も屈撓せず励声弁論して曰く、

「予が曾（カツ）て仏國政論の容易ならざるを覚知し予め之に備うるの籌策（チュウサク－謀事）を思考せし時特にこの政論にしてもし欧州の政治壇上に勢力を得るに至らば必ずや我が改進党中に議論の分裂するあらんことを憂慮せしに幸にして今日に至るまで改進論者は互いに協同して國政を商議せり。

　然るに今この議案に向て反対の議論を発する改進党の議員は予が演説の主意果して誠忠愛國の衷心に出でしや否を観察せず一概に之を称して圧制政府を輔翼して自主自由を讒毀するものなりと公言するに至ては、数十年来予と改進党との間に存在せし政治上の関係は業にすでに絶たり。
　
　然ればすなわち予は今日翻然袂を攘（ハライ）てこの党を脱せざるを得ず。これ予が祖先を辱めず又本心を辱めざる所の処分なり。嗚呼思わざりき昨日莫逆の朋友も今日は啻に予の讐敵となるのみならず英國の讐敵とならんとは。
　
　そもそも予の政論たるや決して反対論者が公言する如きものにあらず、立憲政体の主義を遵奉し君民共和して上は英帝の宝位をして永遠に伝承し、下は人民の自由をして勢力を保たしめんと欲するものにして、毫も真正の自由を讒毀するにあらず、ただ無知凶暴なる共和論者を排撃するものなり。
　
　今日は実に國家危急存亡の秋にして、いやしくも愛國の赤心を有するものは仏國革命党が天下を風靡するが如き勢いあるを見て之を防がざるを得ず。故にもし英國を愛し英帝に忠なるの人士あらば決然予と共に鞠躬尽力して革命党の邪説を廃し英國の政体をして永く日月と光輝を競い万世不抜の基礎を保有せしめんことを企望す」と。

　慷慨の志気言外に溢れ憂國の精神容貌に顕われ大いに満堂の人を感動せしめしにより英國の改進党は遂に分れて二派となり。一は「フォックス」が指揮する急進党にして一は「ボルク」の支配する確実の論者となれり。

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