NHK(日本反日協会)は、大河ドラマを通じて歴代の天皇および過去現在の尊皇忠君の志士を罵倒しつつ、視聴者に皇室に対する侮蔑感を扶植しようとしたのだろう。しかしNHKの邪悪な意図は視聴者に看破されてしまい、「平清盛」はかつてない低視聴率に喘いでいる。これは当然の結果である。
桓武平氏は、桓武天皇(第50代)の子孫、清和源氏は清和天皇(第56代)の子孫、宇多源氏は宇多天皇(第59代)の子孫である。NHKは今日の我が国に、桓武平氏、清和源氏、宇多源氏の血筋を汲む日本国民がどれ程いるか、考えなかったのだろうか。
物語日本史上が小国民に教え諭しているように、すでに神武天皇の子孫になっている日本民族のいわば本家である皇室の血筋を「もののけの血」と蔑むことは、日本民族を蔑むことに他ならない。それを敢えて行ったNHK大河ドラマの制作スタッフは、朝鮮半島と支那大陸に魂を奪われた人々なのだろう。
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所長の手元には物語日本史上中下(平泉澄著)がある。この中巻39~53ページにある「保元の乱」や源鎮西八郎為朝伝記為朝二十八騎のほうが「平清盛」の保元の乱より格段に面白い。
物語日本史の原題は「少年日本史」である。平泉澄は、GHQに洗脳された日本の少年たちに日本人の魂を甦らせるために、「少年日本史」を執筆した。
終戦の二三年後でありました。山奥の小さな村の秋祭りのために、私は下駄をはいて山道を登ってゆきました。日の光はさんさんとして山々を照らし、暑からず寒からず、楽しい眺めでありましたが、足が少々疲れてきて、学校帰りの児童三四人に追い付かれました。
児童はいかにも楽しそうに歌を歌いながら登って来ました。いつしか気やすく友達になった私は、ふと尋ねてみました。
「君が代、知っているかい。」
「君が代?そんなもの、聞いたことない。」
「日本という国、知っているかい。」
「日本?そんなもの、聞いたことないなあ。」
「それではアメリカという国、知っているかい。」
「アメリカ?それは聞いたことあるなあ」
私は慄然として恐れました。世界には、征服せられ絶滅せしめられて、その民族の運命も、その文明の様相も、明らかでないものが、いくつもあるが、それが今は他人事ではなくなったのだ、と痛歎しました。
昭和二十七年四月、占領は解除せられ、日本は独立しました。長い間、口を封ぜられ、きびしく監視せられていた私も、ようやく追放解除になりました。一年たって昭和二十八年五月二日、先賢の八十年祭に福井へ参りましたところ、出て来たついでに成和中学校で講話を頼まれました。
その中学校を私は知らず、中学生は私を知らず、知らぬ者と知らぬ者とが、予期せざる対面で、いわば遭遇戦でありました。講話は極めて短時間で、要旨は簡単明瞭でありました。
「皆さん!皆さんはお気の毒に、長くアメリカの占領下に在って、事実を事実として教えられることが許されていなかった。今や占領は終った。重要な史実は、正しくこれを知らねばならぬ。」
と説き起こして、二、三の重要な歴史事実を説きました。その時の生徒の顔、感動に輝く瞳、それを私は永久に忘れないでしょう。
生徒一千、瞳は二千、その二千の瞳は、私が壇上に在れば、壇上の私に集中し、話し終わって壇を下りれば壇下の私に集中しました。見るというようなものではなく、射るという感じでした。
帰ろうとして外に出た時、生徒は一斉に外へ出て私を取巻き、私がタクシーに乗れば、タクシーを取巻いて、タクシーの屋根の上へまで這い上がってきました。彼らは黙って何ひとつ言わず、何ひとついわず、何ひとつ乱暴はしない。ただ私を見つめ、私から離れまいとするようでした。
ようやくにして別れて帰った私は、二三日後、その生徒たちから、真情流露する手紙を男の子からも、女の子からも、数通貰いました。私の一生を通じて、最も感動の深い講演でありました。
成和中学の感動の忘れがたさに、それより十数年後の昭和四十五年、時事通信社より一貫せる日本歴史を書くように求められた時、純真なる少年に呼掛ける形を取りました。
当時すでに七十六歳の私は、余命計り知るべからず、これを児孫への最後の贈物、つまり遺書として書こうとし、従って学者らしく事実を羅列して博学を誇るがごとき形式を好まず、ただ歴史の精粋を抜いて、誠実に父祖の辛苦と功業とを子孫に伝え、子孫もまたこの精神を継承して進むことを期待しつつ、しみじみと誠実に語ろうとして筆を執ったのでありました(物語日本史上3~6ページ)。
NHKの大河ドラマやフジテレビが低視聴率から脱出する方法は、今まで反日的な偏向捏造虚偽歪曲報道を垂れ流してきたことを視聴者に謝罪し、局内の左翼労働組合や在日韓国人の圧力に屈することなく、平泉澄の講演のように、あるいは森信三の修身教授録のように、日本国民をGHQの後継者である日教組(あるいは全教組)の洗脳狂育から救い出す番組を報道することである。
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