2012年02月14日

国民主権より古い!日英のデモクラシーの起源を語る帝國憲法第三十條「臣民の請願権」-明治流憲法学奥義秘伝の原稿

 本来「唯一最高無限独立」あるいは「無制限の絶対権力」を意味する主権という概念は、フランス国内の邦建勢力と、フランス国外の神聖ローマ皇帝およびローマ教皇に対するフランス王の闘争を正当化するために、1576年に、神学者のジャン・ボーダンによって作られた概念であり、主意主義神学の神概念が世俗化されたものである

 主意主義神学によれば、神は世界を超越しており、世界およびその法則は神の意志、神の恣意によって創られる。地上の主権者も法秩序を超越した存在であり、法秩序は主権者の意思、主権者の恣意によって創られるが、法秩序を超越する主権者自体はその秩序に拘束されない。神が奇蹟によって世界の法則を破るように、主権者も国家緊急権によって法を破ることができるというのである。

 要するに、主権は、唯一絶対の超越神を崇拝するユダヤ・キリスト教の世界観から16世紀のフランスに誕生した概念であり、ジャン・ボーダンはフランス王を唯一絶対の超越神に擬して君主主権論を提唱し、それから213年後の1789年に、ルソー信徒であった僧侶のシェイエスが君主主権論の「君主」を「国民」に置き換えたのである。それがシェイエスの「第三身分とは何か」が説く革命的制憲論の正体である。

 もちろん、いずれも法の支配とも立憲政治とも全く相容れない概念である

 敗戦後の日本では、日本版フランス暴力革命を起したくてたまらない左翼系学者や、シェイエスの革命的制憲論を借りて国際法違反にして帝國憲法違反の日本国憲法の制定を正当化する違憲有効界の魑魅魍魎たちが、主権の由来と定義と沿革を説明しないまま、国民主権を美化しており、多くの日本国民は、デモクラシーがあたかも国民主権と一体不可分の関係にあるかのように錯覚している。

 しかし日英のデモクラシーの起源は、フランスの国民主権より、はるかに古いのである

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枢密院帝國憲法制定会議帝國憲法草案第三十條 日本臣民は相当の敬禮を守り法律の定むる所に従い請願を為すことを得

【枢密院帝國憲法制定会議に提出された草案第三十條注解】

 請願の権は至尊仁愛の至意に由り、言路を開き民情を通ずる所以なり。孝徳天皇の時に鐘を懸け櫃を設け、諫言憂訴の道を開きたまう。

 中古以後歴代の天皇朝殿において百姓の申文を読ませ、大臣納言の補佐に依り親しく之を聴断したまう(嵯峨天皇以後此事廃れたり。愚管抄)。建武中興の時、後醍醐天皇の聴断所を設置したまえるは即ち旧制を詔述したまわんとなり。

 旁ら之を各国の史乗に参考するに、古昔明良の君主は皆言路を洞通(註、貫き通すという意味)し、冤屈(註、えんくつ、無実の罪、うらみ、不平不満という意味)を伸疏(註、疏は書き記すという意味)することを力めざるはあらず。蓋し議会未だ設けず、裁判聴訟の法未だ備わらざるの時に当て、民言を容納し民情を疏通するは、独り君主仁慈の懿徳たるのみならず、又政事上衆思を集め鴻益(註、鴻は大きな水鳥、大きい、強い、帝王の、という意味)を広むるの必要に出でる者なり。

 今は諸般の機関既に漸くに整備に就き、公議輿論の府一定の所あらんとす。而して猶臣民請願の権を存し、匹夫匹婦疾苦の訴と父老献芹(註、けんきん、物を人に贈るときの謙辞)の微衷(註、びちゅう、真心の謙称)とをして、九重の上に洞達し、阻障する所なきを得せしむ。

 これ憲法の民権を貴重し民生を愛護し、一の遺漏なきを以て終局の目的と為すに由る。而して政事上の徳義これに至て太醇至厚なりと謂うことを得べし。但し請願者は正当の敬禮を守るべく、憲法上の権利を濫用して以て至尊を干涜し、又は他人の隠私を摘発して徒に讒誣を長ずるが如きは、徳義上のもっとも戒慎すべき所にして、而して法律を以て其の制限を設けたるは又やむを得ざる者なり

(附記)欧州において請願の権は君主に捧進するに始まり、而して推広して議院及官衙に呈出するに及ぶ。英國の人民君主に誓願するの権利は、既に西暦一四〇〇年代に創見す。千六百八十八年全國人民の代議士よりオレンジ王維廉に呈するの約款第五に云う、凡そ人民は君主に請願するの権利あり、故に君主の哀訴したるの故を以て繋獄するは違法とす。これ乃専ら君主に誓願するの権を謂う者なり。其の後人民の請願する者は多く議院に向て呈出し、彼の千七百八十四年において著名なる売奴廃止の議決の如きは、即ち十年の間二万の請願に由て成果を得たる者なり。

 普國においては其の憲法第三十二條を解く者の説に曰く、請願の権は分て二様とす。其の一は既に行える処分の廃止を望む者(ペシエルデ)、其の二は将来の為に改正又は予防を望む者とす(ペチシオン)。而して甲は大抵君主又は行政官衙に奉進し、乙は議院に呈出するを常とするも、また法律上互いに設けざるなりと(リオンネ氏に拠る)。

 葡萄牙憲法第百四十五條第二十八項は更に左の正文を掲げて之を詳言したり。曰く、凡そ以て哀請(レクレラマシオン)即ち哀請(プレイント)及請願(ペチシオン)を立法権又は行政権に呈出することを得、と。

 請願の種類に就いては仏國バンジヤマン、コンスタン氏の議院における演説もっとも精確に近きを以て、ここに之を引用して以て参考に充つべし。曰く、請願は分けて五種とす。一に曰く、地方の利益に関る請願。二に曰く、各人の利益に関る請願。三に曰く、収税の苛酷、官吏の専横を訴るの請願。四に曰く、國の公益に関る建言。五に曰く、賛頌慶祝の建言、是れなり、と。

【枢密院帝國憲法制定会議に提出された草案第三十條参照】

仏(フランス千七百九十一年)第一篇各個に署名したる請願を官府に進むるの自由

仏(フランス千七百九十五年)第二篇第三百六十四條 凡そ國民は官府に向て請願を進むるの自由を有す。但し各個人の名を以てせざるべからず。一の官衙にして其の固有の事件に係るを除く外官社として連合の請願を進むることを得ず。請願者は官府に対して敬礼を失うべからず。

葡(ポルトガル)第百四十五條第二十八項 凡そ國民は文書を以て訴告訴願請願を立法権及行政権に進むることを得。又憲法に背ける罪を当該権に告発し該犯者をして其の責に任ぜしめんことを請求することを得。

白(ベルギー)第二十一條 各人は当該官府に向て一人若は数人の署名を以て請願を進むるの権を有す。連衆一名の請願を進むるの権の有するは独り団体に限る(荷第九條、墺國民権憲法第十一條、粗同)

普(プロイセン)第三十二條 凡そ普魯西人は請願の権を有す○総代を以て呈出する請願は官庁及団体の外は之を許さず。

瑞西スイス千八百四十八年)第四十七條 請願の権は保固とす。

西(スペイン千八百三十七年)第三條 凡そ西班牙人は法律に定めたる規程に循い國会又は國王に請願を呈するの権を有す

米(アメリカ)補正第一條 議院は擅(ほしいまま)に法度を立て宗旨を定め或は宗旨の自由を禁じ演説或は出版の自由を奪い又は人民の静穏に集会し及痛苦を伸る為に政府に請願するの権利を制縛すべからず。

 人民帝王に請願するの権利は、蓋し、英國千六百八十八年二月十三日同國の貴族僧侶及人民の代議士「オレンジ」王「ウイリアム」ならびに王后「メレー」両陛下に奉呈して定むる所の法章にもとづき、而して各國これに倣う者なり。

 其の法章に第曰く、第二篇二條、英國臣民は請願の権利あり、又曰く、請願者を罰するの禁獄及処刑は総て不法とす、と。

 
【自由民権運動を代表する交詢社系の明治十四年郵便報知新聞社説-私考憲法草案(カッコ内は交詢社の私擬憲法案)】 

第六十九條 日本國民は兵器を携えず、國安を擾るの挙動あるにあらずんば、衆人相集会し又は結社同盟するの権を有す。(第七十一條 日本国民は兵器を携ずして静穏に集会し又其の疾苦を政府に訴うるの権を有す)

第七十條 日本國民は其の利害疾苦を政府に歎訴するの権を有す。


 草案第三十條は、枢密院の審議によって、「日本臣民は相当の敬禮を守り別に定むる所の規程に従い請願を為すことを得」に修正された。この修正案が明治天皇の御裁可を得て帝國憲法第三十條となった。大日本帝國憲法義解第三十條は「別に定むる所の規程」を「法律・命令又は議院規則に依る規程」と解説している。

 枢密院の審議では、河野敏鎌が「我が国においては二千有余年来、人民が朝家へ対して不敬の所行ありたる事かつて之なし」と断じ、また「瑣末の体裁にかかわらず聴納あらせらるるは、実に天子の明徳なり」と聖賢の道と政治の理想を語り、情理を尽くして敬礼強要の不当を難じ、河野の意見に賛同した鳥尾小彌太ともども「相当の敬礼」の削除を主張した。

 これに対し伊藤博文は、「世間もとより大人君子のみなるべからず、既に今日に在つてすら不敬の請願を出せる例を欠かず、今日政府なり宮内省なりへ呈出する所の書面にして敬礼を欠くものまた少なしとせず、もっともその敬を欠くは悉く悪意に出る者のみにあらず」と現実の事情を説明した。

 また伊藤は、プロイセン国王の手許に出される請願が年々平均三万通に達し、不敬に渉るものの外は一通たりとも答えざるものがないこと紹介し、「相当の敬礼」は贅言(余分な言葉)ではないことを証明し、河野と鳥尾に対して、「誓願の書面の不敬に渉るは、其の書面を暖炉に投ぜらるるを請願者において最初より覚悟せざるべからず」と反駁したのであった。

 我が日本国のデモクラシー(大衆参加政治)の起源は鐘櫃の制である。西暦645年8月5日、孝徳天皇(第三十六代)は、鐘と櫃を設けて詔し、

「もし訴えごとある人が伴造(とものみやつこ)に訴えたら、伴造はまずよく調べて奏上せよ。尊長(ひとごのかみ、一族の首長)の場合は、その尊長がまずよく調べて奏上せよ。

 もし伴造や尊長がその訴えを審らかにしないで、牒(ふみ)を櫃(ひつ)に収めただけであれば、その罪を処罰される。収牒の任にあたる者は、夜明けに牒を取って内裏へ奏上せよ、自分は年月を記して群卿(まえつきみ)に示そう。

 もし怠って審理せず、あるいはえこひいきして曲げる者があれば、訴えの者は鐘(かね)を撞くがよい。このため朝廷に鐘と櫃を設けておく。天下の人民は自分の意を知ってほしい(中略)」

といわれた(日本書紀162ページ)。

 イギリス庶民院の起源は、孝徳天皇による鐘櫃の制の設置から620年後の1265年に、イングランドの貴族シモン・ド・モンフォール(第6代レスター伯)が召集した議会である。

 シモンはヘンリー3世が失政を続けるのを見て、ヘンリー3世に反発する貴族を糾合して挙兵し、1258年に王権制限と貴族による国政監督組織を作ることを定めたオックスフォード条項を認めさせた。

 しかし1261年、力を盛り返したヘンリー3世がこの条例を一方的に破棄して再び王権強化を図ったため、1263年にシモンは再び挙兵(第2次バロン戦争)して、1265年にはヘンリー3世とその弟コーンウォール伯リチャードを捕らえて戦いに勝利し(シモン・ド・モンフォールの乱)、イングランドの実権を握るにいたった。

 そしてシモンは各州を代表する2名の騎士と各特権都市を代表する2名の市民(ブルジョワ)から構成される議会を召集して政治改革を行なおうとしたのである。これが、現在におけるイギリス議会の基礎となったのである。

 しかしシモンが召集した議会は寄せ集めに過ぎず、貴族の一部からシモンに権力が集中することを恐れた一派がヘンリー3世の子・エドワード1世と通じて反乱を起こしたため、シモンはこの鎮圧に向かったが、エドワード1世の反撃を受けて戦死した。

 それから30年後の1295年にエドワード1世がシモンの方式を採り入れて議会を召集し、これが「模範議会」となったのである。

 当初は庶民(Commoner、貴族にあらざる者)は貴族たちと一緒に会議を開いていたが、貴族の前では自由に発言しづらかったため、14世紀エドワード3世の代に、本会議から分かれて協議をするようになり、その後、国王と貴族が待つ本会議へ一同出向き、議長が代表して庶民の決議を伝えた。

 ここにイギリス議会は貴族院と庶民院に分離した。イギリス庶民院の独立から約200年後にジャン・ボーダンが主権なる概念を提唱をしたのである。

<参考>

ジャン・ボダンと危機の時代のフランス

日本憲法思想史

正統の哲学 異端の思想―「人権」「平等」「民主」の禍毒

新版イギリス憲政論

・西洋史の理解に欠かせない聖書を読みとく―天地創造からバベルの塔まで

従って議会制デモクラシーは国民主権と無関係であることを理解した方は、おわりにブロガーへ執筆意欲を与える一日一押人気ブログランキングをクリック願います。
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posted by 森羅万象の歴史家 at 21:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 本当は怖い憲法のはなし | 更新情報をチェックする
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