富田メモ騒動は、自民党親中派と日経の情報宣伝謀略ということか?
富田メモは5枚あり、やはり、奥野国土長官(当時)に関連して徳川侍従長勇退に関する取材?の内容と侍従長職最後の日(形式日)の奥野(国土庁長官)発言?についての内容を含んでいるらしい。メディアで公開されているのはそのうちの一部である。
2CH電話突撃隊の報告から興味深い記事を見つけました。
読売新聞縮刷版1988.4.29東京版27頁1988.04.29付天皇誕生日記者会見記事(会見は25日)
天皇誕生日 「大戦が一番いやな思い出」 87歳の陛下、ほお伝う涙/記者会見
「体調はよく回復したし、疲れることもなく、だいぶ余裕があると思います」
--天皇陛下は、八十七歳の誕生日を前にした記者会見で、太平洋戦争についてや、病気のため中止となった沖縄訪問への意欲を、一つひとつ言葉を選ぶように語られた。「大戦のことが一番いやな思い出」と語りつつ、ほおに一筋、涙も見せられた。昨秋の手術から七か月。
「健康時の八、九分まで体調が戻られた」と側近も驚くほどのめざましい回復ぶりを示されている陛下は、暖かくなった今月から、ほぼ連日、宮殿や生物学御研究所に通われている。お住まいの吹上御所では、出版を予定している「皇居の植物」の執筆にお忙しい毎日。
ご進講も多方面のテーマを希望され、公務にも強い意欲を燃やされている。
二十五日に行われた記者会見での陛下の主なご発言は次の通り。
--昨年の手術から半年余りたちましたが、最近のご体調はいかがでしょうか。
「体調はよく回復したし、四月に入ってから、ほとんど毎日宮殿や生研(生物学御研究 所)に出かけています。いっこう疲れる様子もなく、だいぶ余裕があると思いますが、侍医の意見を尊重して無理のないように努めています」
--手術が決定した時、どのようにお思いになりましたか。
「医者を信用して、何ともそういうことは感じませんでした」
--皇后陛下のご体調はいかがですか。
「皇后は腰の痛みは安定したようでありますが、まだ、ひざの故障があるので歩くのが不自由でありますから、女官の介添えが必要なのであります。そのほかのことについては、落ち着いたようであります」
--生物学の研究も再開されましたが、「皇居の植物」の執筆などで苦心された点をお話し下さい。
「普通の学者は研究に専念できますが、私の立場では、公務の余暇にしなければならな いので、研究がどうしても断続的になります。だから、成果をまとめるためには、長い 年月が必要であります。植物の場合は、林道等の開発のために消失することもあります。
動物の方は動くことが多いので観察はなかなか困難でありますし、天候のために、イソ採集や海底の観察ができないこともあります」
--先日、五十年以上にわたり陛下にお仕えした徳川義寛侍従長が退任しましたが。
「徳川侍従長に対しては、思い出も深いのでありますが、特に終戦の時に玉音盤をよく守ってくれたこと、戦後、全国を巡遊した時に岐阜の付近で歓迎の人波にもまれてロッ骨を折ったことがあります。裏方の勤務に精励してくれたことを感謝しています。また、ヨーロッパやアメリカの親善訪問の準備をよくしてくれたので、訪問はだいたい成功したように思われます。年齢のためにこのたび辞めることになりましたが、非常に残念に思います」
--陛下が即位式(昭和三年十一月)をされてから六十年になりますが、第二次世界大戦について、改めてお考えをお聞かせ下さい。
「何と言っても、大戦のことが、一番いやな思い出であります。戦後、国民が相協力して平和のために努めてくれたことをうれしく思っています。どうか今後とも、そのことを国民が忘れずに、平和を守ってくれることを期待しています」
--日本が戦争に進んだ最大の原因は何だと思われますか。
「そのことは、人物の批判とかそういうものが加わりますから、今ここで述べることは避けたいと思います」
--沖縄訪問について、お気持ちをお聞かせ下さい。
「病気のため、沖縄の旅行を中止したことを今も残念に思っています。その時に、健康が回復したら、なるべく早い時に旅行したいと考えを述べましたが、今日も、その精神につきましては何も変わっていません」
ネット有志がテレビ画面から解析した富田メモ〔1〕と〔2〕は、上の会見の補足であり、会見では昭和天皇ご自身が、戦争原因に関連する人物批評を避けられ、また靖国参拝に関し何ら言及されなかった。
従って、公開されている富田メモ〔4〕「前にもあったね どうしたのだろう~」と秘匿されている富田メモ〔3〕は、奥野国土長官(当時)に関連して徳川侍従長勇退に関する取材?と侍従長職最後の日(形式日)の奥野(国土庁長官)発言?について記述しているのではないか?
富田メモ〔4〕
前にもあったが どうしたのだろう
中曽根の靖国参拝もあったが
藤尾(文相)の発言。
=奥野は藤尾と違うと思うが
バランス感覚のことと思う
単純な復古ではないとも。
私は 或る時に、A級が
合祀され その上 松岡、白取
までもが、
筑波は慎重に対処して
くれたと聞いたが
・ 松平の子の今の宮司がどう考
余そ えたのか 易々と
りう 松平は平和に強い考えが
関で あったと思うのに 親の心子知
係す らずと思っている
もが だから 私あれ以来参拝
知が していない。 それが私の心だ
ら多
ずい 関連質問 関係者もおり批判になるの意
【朝日新聞論説委員の清水建宇の異見あり】
昭和の最後の2年間、私は宮内庁を担当していました。昭和天皇について知りたいことはたくさんありましたが、その一つは、なぜ1975年11月を最後に靖国神社へ行かなくなったのか、ということです。この問いに答えられる人は天皇の側近である徳川義寛・侍従長しかいません。何日も朝駆けし、出勤途中を待ちかまえて尋ねました。徳川侍従長は口が堅く、ほとんど無言の行でしたが、A級戦犯合祀と関係があるらしいこと、徳川侍従長も合祀に批判的だったことは分かりました。
後に侍従長を退いてから同僚の記者が取材した証言録によると、以下のような経緯でした。――靖国神社の合祀者名簿は例年、10月に神社が出してくるが、1978年は遅れて11月に出してきて、A級戦犯を合祀したいという。その10年ほど前に総代会はA級戦犯を合祀する方針を決めていたが、旧皇族である宮司の筑波藤麿さんが先延ばししてきたのに、宮司が代わると間もなく合祀を実施した。徳川氏は「松岡洋右さんのように軍人でもなく病死した人も合祀するのはおかしい」などと問いただしたが、押し切られた。
「靖国神社は元来、国を安らかにするために奮戦して亡くなった人をまつるはずなのであって、国を危うきに至らしめたとされた人も一緒に合祀するのは異論も出るでしょう」「筑波さんのように、慎重な扱いをしておくべきだったと思いますね」と、徳川氏は語っています。
何だかなぁ

まさか、富田メモ〔4〕は、朝日記者の取材を受けた徳川氏の発言に対して、朝日記者は余り関係を知らず「(あぁ)そうですが(か?)」と反応し、続いて「異論も出るとは具体的にどのようなものでしょうか」と関連質問を行い、徳川氏が「関係者もおり批判になるという意味だ」と答えたことを記録したものでは、ないよなぁ…もしそうだったら、日経だけでなく朝日は大恥をかくことになるが…。
富田メモのなぞを解く鍵は、日経が隠している富田メモ〔3〕にあるようだ。
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