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裕仁天皇(山本七平著/祥伝社/2004年初版発行)目次
一章 天皇の自己規定-あくまでも憲法絶対の立憲君主
なぜ、天皇は開戦を阻止できなかったのか
終戦の「聖断」は、憲法を踏みまちがえたものか
戦前も、天皇は「現人神」ではなかった。
二章 天皇の教師たち-倫理担当に杉浦重剛を起用した時代の意図
天皇の自己規定を形成した教師たち
倫理の「御進講」が、後の天皇に与えた影響
三章 「三種の神器」の非神話化-道徳を絶対しつつ、科学を重んじる杉浦の教育方針
四章 天皇の教師たち-歴史担当・白鳥博士の「神代史」観とその影響
天皇は、神話や皇国史観をどう考えられたか
敗戦国に待ちうける皇室の運命
五章 「捕虜の長」としての天皇-敗戦、そのときの身の処し方と退位問題
「私を絞首刑にしてかまわない」
天皇の反面教師-ウィルヘルム二世
六章 三代目「守成の明君」の養成-マッカーサー会談に見せた「勇気」はどこから来たか
「創業と守成のいずれが難き」
三代目・家光にみる「守成の勇気」
七章「錦旗革命・昭和維新」の欺瞞-なぜ、日本がファシズムに憧れるようになったのか
戦争制御における内閣の権限と近衛の言い訳
相沢中佐の異常心理と「昭和維新」
永田軍務局長斬殺が、「大御心」か
八章 天皇への呪詛-二・二六事件の首謀者・磯部浅一が、後世に残した重い遺産
事件勃発、天皇の決然たる対応
天皇を叱咤、怨嗟する磯部の叫び
真崎大将、陸軍首脳の腰抜けぶり
九章 盲信の悲劇-北一輝は、なぜ処刑されねばならなかったのか
北一輝には「天皇尊崇の念」など全くなかった
天皇自らが「機関説」の信奉者
「御公家かついで壇の浦」
十章「憲政の神様」の不敬罪-東条英機は、なぜ尾崎行雄を起訴したのか
「天皇と同意見」だと不敬罪の不思議
近衛・東条の翼賛体制への痛烈な批判
不刑罪-刑にあらざる罪
天皇ではなく、国民全体が三代目
十一章 三代目・天皇と、三代目・国民-尾崎行雄が記した国民意識の移り変わりと天皇の立場
浮誇驕慢で大国難を招く三代目
十二章 立憲君主の命令-国難近し、天皇に与えられた意思表示の手段とは
白川大将に示した、天皇の精一杯の褒章
無視された天皇の「提案」と御希望
「聖断」を未遂に終わらせたもう一つの事件
十三章 「人間」・「象徴」としての天皇-古来、日本史において果たしてきた天皇家の位置と役割
「アラヒトガミ」の思想は、どこから生じたか
文化的統合の象徴としての天皇
十四章 天皇の功罪-そして「戦争責任」をどう考えるか
「天皇は戦争を止められるのに、なぜ止めなかった」
「おれの息子は、天皇のために死んだ」
終章 「平成」への遺訓
帝国憲法の改正に反対した美濃部博士
「昭和」から「平成」へのメッセージ
天皇と憲法という問題で、自決前(昭和二十年十二月)に令息に渡した所感で、近衛は次のように回想を記している。
「日本憲法はというものは天皇親政の建前で、英国の憲法とは根本において相違があるのである。ことに統帥権の問題は、政府には全然発言権がなく、政府と統帥部の問題は、政府には全然発言権がなく、政府と統帥部との両方を抑え得るものは、陛下ただお一人である。
しかるに、陛下が消極的であらせられることは平時には結構であるが、和戦いずれかというが如き、国家が生死の関頭に立った場合には障碍が起こり得る場合なしとしない。
英国流に、陛下がただ激励とか注意を与えられるとかいうだけでは、軍事と政治外交とが協力一致して進み得ないことを、今度の日米交渉(昭和十六年)においてことに痛感した」
これを読まれた昭和天皇は「どうも自分だけ都合のよいことをいっているね」と不興気であったという。
山本七平氏は、「近衛の言い訳」を次のように否定している。
しばしば、言われるのが、旧憲法では「第十一条 天皇は陸海軍を統帥す 第十二条 天皇は陸海軍の編制および常備兵額を定む」しかなく、政府はこれにタッチできない、という前提で「統帥権の問題は政府には全然発言権がなく」と近衛は言っている。果たしてそうだろうか
明治憲法には「統帥権」という言葉はない。統帥とは、元来は軍の指揮権であり、いずれの国であれ、これは独立した一機関が持っている。簡単に言えば、首相は勝手に軍を動かすことは出来ない。しかし軍も勝手に動くことは出来ない。というのは少なくとも近代社会では、軍隊を動かすには予算が必要だが、これの決定権を軍は持っていないからである。
具体的に言えば、参謀本部が作戦を立案するのに政府は介入できない。しかしその作戦を実施に移そうとするなら、政府が軍事費を支出しないかぎり不可能である。動員するにも、兵員を輸送するにも、軍需品を調達するにも、すべて予算を内閣が承認し、これを議会が審議して可決しない以上、不可能である。
日華事変で近衛は「不拡大方針」を宣言した。しかしその一方で、拡大作戦が可能な臨時軍事費を閣議で決定して帝国議会でこれを可決させている。このことを彼自身、どう考えていたのか。政府は予算を通じて統帥部を制御できるし、そうする権限と義務があるとは考えなかったのであろうか。
チャーチルは「戦争責任は戦費を支出した者にある」という意味のことを言ったそうだが、卓見であろう。もちろんこのことは、この権限を持つ政府と議会の責任ということである(中略)。
近衛が本当に不拡大方針を貫くなら、拡大作戦が出来ないように臨時軍事費を予算案から削れば、それで目的が達せられる。彼にはそれだけのことを行う勇気がなかった。というより軍に同調してナチスばりの政権を樹立したい意向があった。園遊会で彼はヒトラーの仮装をしているが、翼賛会をつくりナチス授権法のような形で権力を握って「革新政治」を行いたいのが彼の本心であったろう(裕仁天皇の昭和史161~163ページ)。
山本七平氏の指摘は正鵠を射ている。帝国憲法は政府と議会に予算案の編成と議決を通じて軍隊をシビリアンコントロールする権限を与えていたのである。しかるに今なお「近衛の言い訳」史観に同調する人が後を絶たない。所長が彼らの歴史偽造の動機を思いつくままに挙げてみると、
1、近衛の戦争責任を追及する人が増えると、それに比例して必ず近衛のブレーン尾崎秀実の東亜新秩序構想に気付く人が増え、戦前から今日まで続く左翼勢力の国家犯罪が明白になり、反共輿論が盛り上がって左翼人は日本国に居住できなくなるから(共産中国か北朝鮮に亡命すればいいのに)、左翼人が帝国憲法第三条と第五十五条を無視し、戦争責任を軍部もしくは天皇に転嫁している。
2、占領憲法有効論者が軍部の暴走を強調し、帝国憲法がこれを助長した欠陥憲法であるように一般国民に錯覚させた上で、文民条項(第66条2項)を持つ日本国憲法が過去の反省に立脚しており帝国憲法より優れているとの誤解を国民の間に広げ、国際法違反にして帝国憲法違反の日本国憲法を最高法規として罷り通らせている。
実際のところ支那事変は文民宰相-近衛文麿の独断暴走であるから、連合国極東委員会がGHQを通じて日本国憲法に挿入した第66条2項は過去の無反省であり誤解の産物であって、人材登用と憲法運用のフレキシビリティーを日本国から剥奪しているに過ぎない。
GHQの誤解の産物たる日本国憲法を打ち砕くには、帝国憲法に対する誤解と偏見と中傷を打ち砕く必要がある。今だに大東亜戦争軍部独走史観を信じる者を覚醒させるには、彼の目の前に大日本帝国陸軍旅順攻略戦28cm榴弾砲を配置し、次の砲兵の叫びを代弁すべきである。
「一発の砲弾を撃つのにも予算が要るのに!」
戦後になると、「軍が独走した」「軍部が悪い」「統帥権は独立しているから、これを抑えられなかった天皇の責任だ」ということになる。だが「軍の独走」などということは現実にはありえない。
私自身、軍の下級将校で、部隊本部にいたからよく知っているが、「予算」がなければ何も出来ないのは他の官庁と変わりがない。軍もまた膨大な官僚機構である。簡単にいえば三度の食事さえ、正規の「食事伝票」を切らなければ支給されない。被服・兵器・弾薬・車両はもちろん、民間の軍需産業からの購入であり、移動にはすべて運賃を払っており、膨大な給料を支払っている。
その一大官僚機構を「予算」なしに動かすなどということは、もとより不可能であり、その予算は、内閣と帝国議会が握っており、軍が握っているわけではない。
「独走」というが、軍と内閣が「野合」しても、「帝国議会」の承認がなければ、軍は動かせない。問題はその自覚が強烈であったのが軍であり、その自覚がなかったのが政治家で、その典型が「不拡大方針」を声明しながら「拡大予算」を組んでいた近衛である(裕仁天皇の昭和史290~291ページ)。
日教組(ひきょうぐみ)に属さない反革命分子の先生が教え子の中高生に、数多くの文献を引用している裕仁天皇の昭和史―平成への遺訓-そのとき、なぜそう動いたのかを薦め、その読書感想文を提出させると我が国は少しだけアカ抜けます。
<関連ページ>
・朝日新聞社の実像を暴く昭和十年代の陸軍と政治 軍部大臣現役武官制の虚像と実像 筒井清忠
・進歩的文化人-学者先生戦前戦後言質集から左翼護憲派のアイドル鈴木安蔵の八紘一宇論
・現代の亡国政党政治をウンザリしている日本国民がむかし言葉は思想であった時代の民主主義の語義と貴族院の存在意義とを知れば日本国憲法を唾棄し日本国憲法無効宣言したくなります。
・大丈夫、DQNの親でも我が子を天才に育てる教育方法
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万単位の人間の食料だけでもどれだけのマンパワーや輸送コストがかかるのかだけでも考えれば、予算の裏付けなき軍事行動は長続きしないことは明らかです。
不拡大方針を挙げつつ軍事行動の経費を上積みする事を承認し、議会の可決を得るために行動するのはまさに自己矛盾の極みとしか言えません。
本当に不拡大方針を守らせつつ、臨時予算をつけるのなら、最低でも行動ラインの指定や進撃の禁止の徹底、防御的撤収戦の指示を行うべきでした。
それで倒閣しても、歴史に戦争拡大阻止に力を注いだ男として、末席に名を残せたでしょう。
最後のチャンスである、不拡大方針の不徹底を理由とした予算執行停止の閣議をしなかったあたりでこの人物のしょうもなさ加減が透けて見えます。