2018年12月31日

阿片専売制度-日満両帝国が実施したアヘン断禁主義に基く中毒患者漸減方策(アヘン漸禁政策)

 東京裁判の冒頭陳述において清瀬一郎弁護人は次のように弁明した(東京裁判 日本の弁明109ページ)。
 
 「検察官は、被告は経済侵略について責を負うべきものといたしております。弁護団は中国において何ら経済侵略はなかったことを証明するものでありましょう。さらにまたいずれにするもの、経済的の侵略はそれ自体犯罪ではありませぬと主張いたします。

 麻薬に関する検事の主張につき上申いたします。検事の主張は、日本は一方において麻薬を中国に販売することによって中国人の戦意を挫き、他方においては、これによって戦費を得たというのであります。
 裁判所の注意を願いたきことは、わが国はかつて台湾においてアヘン吸飲者を漸減した特殊の経験を持っていることであります。

 台湾においてーその日本の統治下にあった時代には、アヘン専売及び統制を布きまして、これによってアヘンの取り引きを禁じ、漸次アヘン患者の数を減少させました。
 中国では主としてその西洋との交通の結果、アヘンの吸飲は古くかつ広く行われた慣習でありますが、日本はできうる限り今申し上げた経験を中国に利用したのであります。」


 以上の清瀬の弁明は決して虚偽ではない。

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大阪朝日新聞 1915.1.20 (大正4) 占領地に於ける阿片制度 [関東州及膠州湾に於阿片制度]

青島特派員

 支那には阿片禁止令あり罌粟の栽培阿片の吸食共に之を禁じたれど、長き習慣は一片の法令を以て之を動かす可からず。到る所阿片を愛好する癮者は現に之を吸食し、少し許りの賄賂を以てすれば煙館即ち阿片吸食店は安全に其業を営み得る状態なり。故に我が政府も漸禁主義を採り満洲にも台湾にも其吸食を許し、独逸も租借地内に之を特許せり。其の方法は癮者個人々々を精査して之を許可し其者死すれば吸食者亡くなるべく、新たなる癮者は止むを得ず之を特許するも支那人自身の自覚と相俟ちて五年十年の間には吸食者を減じ何年かの後には自から阿片を用うる者の跡を絶つ可しとの推論なり。支那政府が下したる禁令の如く名美にして実毫も挙るなく事実上無制限無束縛なるに比すれば政策として宜しきに適えるものと謂う可し

 阿片の供給は我が政府は例の専売制度にて台湾大連共に政府自ら阿片膏を製造し之を所定の元売捌人唯一人に売下げ、元売捌人は之を煙館小売人に売渡し転じて吸食者の手に入る。独逸の制度は之と異り政府が製造販売を為さず只境内に入る煙土に重税を課し、膏の製造販売は之を特定の人に特許し別に煙館の制を設けず吸食者の手に入る。我が占領後李村軍政署は既に仮りに吸食を許し阿片の売捌を許可せしも、青島軍政署は未だ何等の規定をも設けず、軍令部として恐らく今尚お一定の方針を立て兼ね居るに非ずやを疑う。我が政府も近来専売好きになりたれば追ては膠州湾に対しても台湾大連の如く専売制度を布きて之を統一するならんが、試みに理論を離れて之を視るに我が現行制度には看過す可からざる実際上の欠点あり。独逸の旧制にも則る可き実際上の長所あるを忘る可からず。

 実例を近く大連に求めんか、関東都督府は自ら阿片煙膏を製造し石本某なるものを元売捌人に指定して之に払下げ此者より市中の煙館に売捌く。元売捌人より煙館への売下げ代金一鑵金四十円、市中の煙館を三級に分ち、毎月一等館に八鑵、二等館六鑵、三等鑵四鑵を引受けしむ。而も膏概ね劣悪にして深く癮者となりたる者贅沢なる者の口に適せず、斯くて煙膏の密輸売買は公然の秘密となり、市中の煙館は随意に各地より持ち来る煙膏を購いて吸食者の需に応じ、元売捌の手より買取るものは殆ど招牌料の意味を以て月々所定の鑵数を引取り代価を払うに過ぎず。而も政府予定の収入に変更を来す無く元売捌は安臥して収益を得、衛生上より将た収入上より幾多の取締規則ありと雖も畢竟空文にして只表面制度の如何を示すに過ぎず。昨今当地に於てもと売捌人小売煙館の特許を得んとし画策運動至らざるなき者ある亦宜なりと云う可し。

 独逸の制はまず敬支那の禁令に対して意を払うに巧なり。即ち租借地内に於て罌粟を植えて煙土を作るを禁じたるが、一切罰則の峻厳なるに似ず若し違う者は抜取りて捨つ可しというに過ぎず。陸路より煙土を輸入する者は必ず山東鉄道に由る可しと令せんか、例えば即墨方面より流亭を経て境内に入るもの転じて城陽停車場に至れば安全に輸入せらる。而も山東鉄道の線路は長く何処にても積込むを得可し。海路の輸入は元より自由なり。斯くて専ら煙土を輸入し特定の一独逸人に製造販売せしむ。此者吸食者嗜好の如何を調査く品質の良否価額の貴廉を按じて受容に応ず。即ち其売捌品たるや我が大連の夫の如く招牌物に非ざりなり。而も価額品質の如何によりては煙膏の密輸入行わるべきにより、製造人は常に各地の市価に注目し品質を按排し価額を高下すること一般商品と異るなく、以て製造せられたる煙膏の密輸入を防ぎ専ら煙土の輸入に便にす。独逸は実に斯る事件にさえ自己産業保護の国是を忘るることなし、例えば我が制度は緊張し切りたる網なり、小鳥が突当りても破る可し否破れよと言わぬ許りなり彼の網は伸縮の自由を有す以て燕雀を羅すべし以て狡兎を捉うべし。

 独逸の制度は二十五歳以上の癮者毎月一元を納むれば吸食特許の鑑札を交付す、曩に煙館を設け吸食灯一箇幾許という徴税法を採りしも三年以前之を廃止せり、されど支那人の実情よりいえば器具を有せざる者あり未だ癮に陥らざるものの時々吸食するあり。是等の為各地到る所窃に煙館の業を営むありて禁令全く空文に属せり。我が政府の措置としては寧ろ煙館を許すとするも煙膏の密売買と、密吸食を取締り、兼ねて煙館を仲介として行わるる穢(きた)なき伝染病の予防に注意するに如かず。

 尚又遂に専売の制度を採り政府自ら煙膏を製造するとしても独逸の制に鑑み、吸食者の実情に適うよう品質価額を按排することを忘る可からず。単に予定の収入あれば可なりとて需要に適せざるものを造るは是れ密輸入を奨励する所以なり。又其販売も特定の唯一人を以て元売捌人たらしむるは利益を壟断せしむる所以なり。大連に於て台湾に於て幾多の醜声怪聞あること当局亦之を知らざるにもあるまじ。阿片問題は実は人道上の大問題なり、当局の等閑に附せざらん事を望む。


 癮者とは中毒者を意味する。我が国が台湾で実施した阿片漸禁政策の詳細は台湾日日新聞によって報道されていた。

台湾日日新報(新聞) 1923.4.26 (大正12) 阿片漸禁政策の成功 注目すべき支那阿片専売案 

 阿片は言う迄なく今日国際的禁製品である。尚後益々厳重なる制裁を設けて薬用の外は一切此れが吸飲を禁止す可き性質のものであろう。従って督府当局が如何に本島人の阿片吸飲を取締るべきかに就ては、従来既に相当議論があった即ち厳禁論と漸禁論と両々相対峙したのであるが、結局遽かに之を厳禁するに於ては却て阿片癮に陥れる者の生命を害することになるから、之を救うの意味に於て断然漸禁主義を取ることに一決したことは、確かに賢明なる政策であると思う。

 即ち明治二十九年二月を以て政府以外の阿片輸入を禁じ、島民中吸食の習癖を成せるもののにみ対し、一定の規則の下に使用を許す旨を諭告し、翌三十年一月阿片令を公布して専売制と為すと共に、一般には之を厳禁し、唯だ総督府指定の医師の診断に依て阿片癮者と認めらるるものに限り、官製阿片煙膏を購入吸食するを許可することとしたのである。斯くして阿片令の趣旨を徹底せしむる為めに種々施設を為し、一方教育機関をも通じて阿片の有害なる旨を本島民に会得せしむる様に努力した。併し当時土匪出沒、全島撥乱の気分到る処に漾うて法令の精神を普及せしむるに難きものあり、漸く三十三年九月全島の癮者を網羅して吸食特許の鑑礼を付与し、越て三十五年中吸食者名簿を整理し、茲に始めて事業の一段落を告げたのである。

 爾来阿片の輸入、製造及密吸等に関し厳重なる取締を加え今日に至ったのであるが、其結果は全く当局所期の如くに吸食特許者及其消費高が逐年減少しつつあることは極めて喜ぶ可き現象である。今之を統計に徴するに明治三十四年に於ては吸食特許者総数十五万七千六百十九人で人口百に対する割合五・七であったが、其十年後の四十四年には同割合二・九に減じ更に其十年後の大正十年には既に一・三に著減して居る。癮者は漸次死亡して而も其後癮者は絶対に出ぬ筈であるから、此特許者は減少の一方であるの事実は、最も明らかに我が阿片政策の成功を予言して居るものでなければならぬ

 若し阿片政策制定の当初に於て仮りに厳禁主義を取ったものとしたならば、其結果は何うであったろうか。恐らくは犯則又犯則、島内監獄は到底罪人の収容不可能となり、且つ一般民情に多大の動揺を与えたる可きは想像に難くはない。当局が漸禁主義に依て憐れむ可き癮者に慈悲の手を加うると共に、不知不識の問に之が習癖者を殱減せしむることが出来ると云うのは全く最も穏健にして且つ妥当なる方法であった。台湾の此阿片政策が今や漸く支那政府に於て之を踏襲せんとする計画あることは、又其穏健妥当の理想的政策であることを裏書するものであるまいか

 之に関し本月中旬の北京電報は稍々詳細に其消息を伝えて居る。之に拠れば曩に支那総税務司ロバート・アグレン氏は阿片専売税を高唱したが、今や北京政府当局も之に共鳴し、既に阿片専売案なるものを作成し更に調査の歩武を通めて居るものの如くである。即ち支那の阿片吸食者は約一千五百万人に及び民国十年迄に外国より輸入した価格五十億元、外に密輸入高一億元以上であって、其内秘密に販売吸食さるもの約三億元に上って居るから、一方に於て密売取締を厳にして吸食者を減じ得ると共に、一方に於て之が収入を抵当として借款を起せば数億の借款立どころに成り、窮乏せる刻下の財政に多大の貢献を為すことが出来ると云うのである。

 此報道にして果して事実なりとせば、支那当局の阿片専売案は財政上の目的が主であり、之を取締るの趣旨は従たるものであって、我が台湾の夫れとは其精神に於て冠履顛倒したものであるけれども其終局に於ては其時期の遅速こそあれ大体同じ処に帰著するものと見ることが出来る。殊に其案の内容に於て阿片専売の実行条件として専売吸食数量の限定、罌粟栽培制限、罌粟栽培税の賦課、外人取締の採用、違反者の罰則等を挙げて居る。果して然らば是れ又大体に於て頗る我が阿片令その物に似て居るものである。此案が支那に於て果して実行せらる可きや、又実行せらるるとしても果して何時なる可きやも素より逆睹し能わぬ所であるが、兔に角隣邦に於て斯る計画あることは事実であって我より之を見れば、古語の所謂「徳孤ならず必ず隣あり」の感あることは否むことが出来ぬ。

 斯くして阿片吸食の習避牢として抜く可らざる点に於て世界に冠たる支那が、我れに倣うて漸く目覚めんとするの兆あることは、之を国際的に見て極めて慶す可きことて、一日も早く其実現を見んこと希望に堪えぬ所である


 1923年(大正十二年)12月の第27回国際連盟理事会は第4回連盟総会の決議に基き、翌年11月よりスイスのジュネーブにおいてアヘン問題を審議する第一国際阿片会議とモルヒネ・ヘロイン・コカイン問題を審議する第二国際阿片会議を開催することに決定した。この会議に於いて大日本帝国の賀来代表が以下の様に演説した台湾に於ける阿片漸禁政策の成功と東洋に於ける阿片問題解決の具体策は、参加国代表一般の傾聴と賞讃を得、我が国の主張の多くが阿片専売の問題に関するプロトコール(議定書)に採択されたのである(1925年発行/国際聯盟協会編/阿片会議の解説17~20、24、29、31ページ)。

第一会議に対する賀来代表の演説

 一九一二年「ヘーグ」に於ける阿片条約締結後、年を閲すること已(すで)に十有余年に及べるも、東洋に於ける阿片問題が依然国際的講究問題として議論せらるるは、今尚同地方に於ける多数阿片吸引習癖者の存在するに基因する為であろう。
 元来阿片吸飲の習癖を有するに至るものは、其の原因種々ありと雖も、疾病治療の為不知不識の間に癮に陥りたる者、其の数最も多い故に、是等の癮者に対しては慎重なる講究と周到なる施設とに依り、之が救療廃癮の途を講ずべきである。而して是等東洋諸地方に於ける阿片問題の解決を為さんとするに付いては、次の如き両面の問題に付、講究せねばならぬと思う。

一、支那に於ける阿片問題は、支那自身之を解決すべきものである。
二、阿片癮者を包有する属領を保有する列国は、其の地方的事情に適応する方策を考案し、之が根絶を期せなければならぬ。
三、支那歴代の政府当局、及各種禁煙団体の阿片禁遏に対する努力は、眞に敬服すべきものがある。是等政府及民間有識者一般の禁煙に対する誠意と熱心とは大いに同情に値するものである。然るにも拘らず支那今日の国情は阿片問題の解決に便ならざるものあるを惜しむ。惟うに阿片問題の解決を為さむとするには、先ず不汚者の阿片吸飲禁遏と阿片癮者の救療廃癮との二方面あることを考慮せねばならぬ。

 不汚者に対しては厳重なる禁遏政策を採り、之が断禁を行うべきは当然なるも、阿片癮者に対しては斯の如く簡単なるものではない。前者に付ては厳重なる警察上の取締を為すと共に教育、指導に力を致さば之を禁遏することが出来るけれども、後者の阿片癮者に至っては啻(ただ)に其の肉体に於いてのみならず、其の精神に於ても已に鞏固ならざるものあるを以て、一片の法令個々の罰則を以て之が禁絶を為すことは得て望むべからざるものである。現在支那に於ける癮者の数は、詳にすることが出来ないけれども、今尚意外の多数存在し、而も近く減滅の勢いを見ざるものの様である。而して之が解決は支那の現状に照し蓋し至難の事であろう。

 日本帝国の台湾に於ける経験に徴し、阿片吸飲の完全なる禁遏を期するには、断禁主義の下に漸禁主義を行うに在る。即ち一方既に癮に陥り急速に廃癮し得ざるものに対しては、適当に救療の方法を講ずると共に、他方不汚者の汚染防止に全力を傾注するに在る
 台湾は明治三十三年救療に必要なる癮者の大体を調査し、後年二回に亘り未調査の部分を完了し、明治四十一年末を最後とし前後二十一万五千四百七十六人の癮者に対し吸飲の認許を与え、爾来新に認許せることがない。而して此等癮者は漸次逓減して大正十三年五月現在は僅に三万八千九百六十六人を数うに至った。且不汚者にして禁を犯す者の僅少なるのみならず、内地人は勿論青年台湾人に於ても全く此の習癖に捉われるものなき状態に進みつつある。尚台湾にては癮者たる支那人に対しては、新に入国を許可せざる方針を採って居る。されば此の趨勢を以てせば、遠からざる将来に於ては予期の如く癮者の絶滅を見るべし。今仮りに台湾が当初の侭に放任したりしならば台湾今日の人口を以てせば、阿片癮者の数は少くも三十万人を下らざるべく、其の吸飲の為要する負担は、台湾現在の総歳入の五割を超過するであろう。台湾人の台湾阿片政策に依り受けたる利益は、啻に保健上の改善に止まらず経済上に於ても亦至大のものあるべし。

 各列国の其の東洋に於ける阿片禁遏に付、叙上の成績を挙げつつある、台湾の実験に徴し最も肝要と信ずる条件を掲げる。

(一)阿片の吸飲は之を断禁すべし。只止むを得ざる癮者に限り吸飲を認許すべし。
(二)癮者の認許に関しては、其の手続を最も厳正ならしむべし。
(三)阿片煙膏の取扱は最も厳重なるべく、癮者以外のものに対しては絶対に之を売下げざるべし。
(四)救療上必要なる阿片の吸飲量を限定し、其の定量に対しては癮者をして安心して吸飲の自由を得せしむべし。
(五)一般の阿片習癖防止に付ては、警察の取締、教育及社会生活上の改善に依る等、各種の手段を講じて各自をして阿片の弊害を自覚するの機会を与うにあり。


 是等の条件を真面目に遵行するに於ては必ず漸禁防止の目的を達し得べきものと考える。

 以上は阿片問題解決に付最も正確なる成績を挙げ得たりと信ずる台湾の経験より割出せるものなる処、列国が其の領土内に於ける夫々特殊の事情に適応し、最善の方法を考察し、功を急がず、正確なる成績を挙ぐるに努められ、支那に対して好模範を示さば、支那積年の憂患を一掃するの期を早むる好個の刺激たり得べしと信ずる。
 右趣旨に依り日本帝国は、東洋に於ける阿片問題の解決に付、一九一二年の海牙条約第二章の有効なる効果を挙ぐることに対し、審議を重ね必要なる条約の変更修正を為すことに付、進むで賛同し協力を惜しまないであろう。

一、第一会議の議定書大要
(一)五年間に阿片生産国側の有効なる密輸出取締実現を条件とし其の後十五年間に吸飲を断禁す
(二)癮者に付ては右期間後といえども適当の措置を講ず
(三)右(一)の条件の成否は理事会の任命すべき委員会最終的に之を決定す


大阪朝日新聞 1928.7.26 アヘン専売案枢府で可決す 国際協定批准の件も直ちに上奏の手続を執る

 枢密院本会議は二十五日午前九時半より赤坂離宮において開会され、倉富、平沼正副議長以下各顧問官、二上書記官長、政府側から田中首相兼外相、以下各大臣、前田法制局長官、西山関東庁財務部長、喜多樺太庁長官、白銀朝鮮総督府事務官その他関係官参列、倉富議長開会を宣し、左記御諮詢案十一件を上程された

一、国際連盟第一回阿片会議において決議せる阿片専売に関する協定並に附属議定書及び同最終議定書御批准の件(国際的に阿片の専売制度を確立するもの)
一、同第二回阿片会議における国際阿片条約改訂並に附属議定書及び最終議定書批准の件(同上)
一、関東州阿片令中改正の件(右条約改訂に伴い関東州の阿片を専売制度とする改正)
一、関東庁阿片専売局事務官特別任用に関する件
一、朝鮮総督府官制中改正の件(技師以下増加)
一、台湾総督府官制中改正の件(職員増加)
一、台湾総督府地方官官制中改正の件(同上)
一、台湾総督府警視特別任用令廃止の件(航空事務に従事する警視を陸海軍武官より任用していた官制を廃止)
一、関東庁官制中改正の件(職員増加)
一、旅順工科大学事務官特別任用に関する件
一、樺太庁官制中改正の件(森林主事増員)

 第一乃至第四案は平山精査委員長より委員会の経過及び結果を詳細報告ののち審議に入り、各顧問官と当局の間に質問応答あり、結局政府原案即ち委員会通り可決、引続き二上書記官長第五乃至第十一案につき審査報告をなし、即決可決して同十一時散会した、よって政府は各案の御下渡を待ち、即日定例閣議に諮り上奏御裁可の手続を執った。


 支那大陸に蔓延した阿片禍は満洲にも及び、満洲事変前には奉天軍閥の張学良が重度のアヘン中毒に陥っていたほど満洲の阿片汚染は深刻であった。そこで満洲国建設後、同国政府は、アヘン断禁主義に基く中毒患者漸減方策を導入し、阿片吸飲者のため阿片専売署を設け、同署管掌の下に各都市に阿片零売所を許可し吸飲者の零売所出入を公認証明書を所持するものに限り許可した(満州日日新聞 1938.3.1-3.16)。

報知新聞 1934.7.15 (昭和9)一たび追うた夢路故いまは哀れな世捨人 登録の中毒者ざっと百万人 満洲国の癌、阿片の吸飲

奉天発=阿片にむしばまれ行く満洲人のあの悲惨な実相を知るものは、ひとしく身をふるわして恐れるであろう。しかし、現在の満洲国から阿片を取除く事は出来ない。即ち現在の阿片官売は、過去における吸飲者の匡救事業で、目的は阿片を飲ますというより、阿片癮者を救療するというのが目的であり、真精神である。中毒にも色々あるが、恐らくこの阿片中毒程中毒性の猛烈なものはない。

 一度これを口にせんかついにまた止むべからずで十人が十人癮者になってしまう。この中毒者を『毒を以て毒を制する』方法で、政府の認可した中毒者に限り吸引させているのが官許の阿片零売所である。それで一体満洲にはどれ位この阿片癮者がいるか?恐らくこれを正確に究めるということは不可能であろう。というのは元来この阿片は我々がタバコを呑むように吸引され、またお客の接待にさえ用いられ、なおまた薬用にも使われるからである。いま満洲国政府登録の大ビラで吸飲されるものが大約百万といわれて居るが事実はもっと多いであろう。今仮りに百万として一体どの位の阿片が消費されるかというと、その量は各人により一定しないが仮りに一日一匁二分平均として一日に一千二百貫で、一ヶ年に約四十三万貫に上る。阿片は吸飲所ならずとも各家庭で今なお密飲が行われて居る 富貴な家庭では吸引室まで設けて居るが、金とひまにまかして二六時中阿片の魔力にとう然として享楽する。

 你喫罷(あなたお吸いなさい!)陰惨な雰囲気によどむ部屋、プーンと鼻を衝く阿片の香、この部屋には煙盤子(盆)と大煙灯(豆ランプ)と大煙槍(キセル)と吸煙器の孔を掃除する煙阡子がある。先ずごろりと横にころがって煙盤子を引よせと大煙灯に点火し、それから大煙槍に阿片をつめて大煙灯で点火し相手にすすめる、互に譲り合って煙阡子を巧みに操りながら、ジュウジュウと身も霊もとろけるような無我の境にひたる。客を遇するに阿片を以てする事は余程以前からの習慣で、阿片も適度にとる間は左程でもないが、超度して癮者になると、全く人間離れのしたこの世ながらの餓鬼となる。殊に蝕まれた身をひょうひょうとして僅かに阿片の魔力で刹那々々の露命を保って行く最下層の癮者に至っては人間としてのおもかげを認めない。彼等には一塊の阿片の外何物もない。そして阿片の魔力が体内から薄らぐに伴ない、心身の堪え難い痛苦からのがるべく、如何なる事もなすを辞せない。誠に恐るべき人生の存在である。

満州日報 1935.4.3 (昭和10)断禁主義に基く阿片零売所制改正 密吸飲者跳梁を防止

【新京二日発国通】文明人に亡国的存在視されている阿片癮者に対する満洲国の国策は漸減主義の下に解決せんと阿片法に基きこれが対策を講じているが、今回衛生司では専売総署と協力して阿片対策に一歩を進める事となり先般来零売制度の改正を行うべく具体案作成中三月末これを決定、直に実行に移す事となった。今回の改正主旨は、

一、満洲国阿片法は現在の阿片専売手段に於ては活用出来ない事
一、地方行政制度の確立に伴い阿片零売統制が容易となったため従来都会本位の零売統制を全国辺陲の地にも及ぼす機運に到達した事
一、官土の供給を円滑にする事により私土密売及び密吸飲者の跳梁を防止する事
一、阿片法の精神を徹底せしむる事

等で改正要点は、

一、現在阿片零売所は全国主要都市に一千二百二十ケ所あるが之を全国二千に増加した事
一、零売人の保証金を国幣五百円としたものを百円とした事
一、各省に零売所数を割当て全国に零売所を設ける事とした事

 即ち従来密吸飲者を発見した場合もそれが零売所なき地方においては法の適用を及ぼし得なかったが、今回の改正に依り零売所は全国に設けられるので密吸飲者の口実がなくなり取締及び法の適用が出来、阿片断禁主義に基く阿片癮者漸減が実質的に可能となり、此処にはじめて阿片政策が活きて来た訳である。なお今回の改正に依り零売所は一県平均約二十ケ所となったが将来一県平均五十ケ所位設ける方針である。

 今回の阿片零売所制の改正につき衛生司当局は語る。「阿片断禁主義に基く癮者の漸減は満洲国衛生政策の一大問題であるが、今回の改正に依り政策遂行上一歩を進めたわけです。零売所の増加は一見癮者漸減主義と矛盾するようだが実際には密売密吸飲者を無くし零売の統制により阿片法の実行が可能となった。尚現在全満癮者数は七十万と推定されるが癮者登録数は十二、三万に過ぎない。これは五ケ年計画で七十万全部の登録を得る方針でこれと共に積極的癮者治療機関として従来十ケ所の戒煙所を新年度に四ケ所増設し零売制度と相俟って亡国的癮者の数を漸減する方針である。」

尚お満洲国阿片零売所各省割当左の如し(熱河興安省を含まず)

奉天省 六〇〇
吉林省 三〇〇
竜江省 二〇〇
浜江省 二三〇
三江省 八〇
黒河省 七〇
間島省 六〇
安東省 一二〇
錦州省 一五〇
首都警察庁 六〇
ハルピン警察庁 八〇
北満特別区公署 五〇
計 二、〇〇〇


台湾日日新報(新聞) 1935.2.24 (昭和10) 台湾の阿片制度と其効果 吸食者減少の数に見よ

(一)台湾総督府の阿片制度は、阿片問題の解決に対し模範的典型として国際間に陸離たる光彩を放って居ることは人の知る通りで、此の問題は政治上にも国際上にも将た人道の上からしても極めて重要なる意義を包蔵して居るので、本島阿片制度の成果如何に就ては正に世界注視の的たるの観がある。抑も此の制度の確立したる明治三十三年の当時を顧るに阿片吸食特許者即ち癮者は其の数十六万九千人に達して居た。爾来督府の政策に依て累年漸減又漸減の経過を取り、遂に昭和九年末に於ては僅かに一万六千三百人に縮小し既に当初の一割以下に落ちたことは、我が政策の効果誠に顕著なるものあるの事実を、最も雄弁に物語るものでなければならない。

(二)台湾阿片制度の骨子とするところは、明治三十三年当初の癮者に限り吸食を特許し其の他の者に対しては絶対断禁の方針に出でたのである。併し其の後隠秘の裡に癮に陥るものも少くなかったので、止むなく明治三十七、八年に三万余人、同四十一年に一万五千余人に対しそれぞれ新たに吸食を特許した。かくて其の後二十余年間は全然特許を行わずに来たのであったが、多少制度うえの欠陥もあり旁々密吸者が増加する傾向を示して来たので、ここに断禁確保の対策を講ずるの必要に迫られ、遂に昭和三年を以て台湾阿片令を改正し、翌四年より施行して、一般的断禁の方針を宣示すると共に密吸食違反に対する刑罰を絶対に懲役刑とし、同時に癮者矯正の新政策を樹てて制度を理想化し取締を強行することとした。此の矯正の新政策は台北更生院及び全島の各官立医院を通じ、三百二十余の病床を設け昭和五年より矯正を実施するに在ったが、其の数は該当初に於て一万七千余人であった。

(三)此の矯正事業は昨年三月を以て一段落となし、同四月全島各医院の矯正施設を打切り、台北更生院の収容人員を五十人に縮小して之れのみ存置して、随時矯正を必要とする者に対し継続実施することとなった、矯正政策の実施後今日迄の実況を観るに、其の約六割は完全に矯正の効果を保持し約二割は原癮者となったものの如く、他の二割は其の中間に彷徨して再び癮者となるか、或は癮より免るるかは、本人の自覚乃至取締の如何に依て左右さるる状態となって居る様である。次に密吸者の検挙に就ては密吸現場を目撃しなければ出来なかったので頗る困難であったが、癮者矯正の実施中尿の検出その他化学的処理に依り吸食を証明する方法を考出し得たので、密吸者検挙は極めて容易のものとなり、阿片取締の上に絶大の威力を発揮することとなった。即ち此の研究は正に阿片取締の歴史に一新紀元を劃するものとして特筆せらるべきものである。

(四)今後の密吸食者に対しては一方懲役の厳刑に依り癮癖の矯正を期すると同時に、他方情状の酌量すべきものに対しては行政的に之が矯正救癮を施すべく、即ち刑事政策と矯正政策と相並行して適切なる運用を為し、本当阿片制度に有終の美を遂げ得べきは期して待つべきものがある。支那各地に於ける支那新聞に『王道治下の三毒政策』と題し、日本は満洲に於て阿片吸煙、売婬及び賭博を盛に奨励し『……一般住民の自由吸煙に任せ、同時に種々の誘惑的機構を附設して我が住民をして游蕩懶惰に導き、活動力を鈍らし以て反抗力を消滅せしめんとする悪辣なる政策』を取りつつあり、現に是等の事は『台湾統治の例に観ても判明する』云々の通信を一斉に掲げたのは昨年十月であったが、吾人をして言わしむれば此の三者は現に支那全土に盛に行われつつあるところのもので、この通信記事はソックリ其の儘支那に返還すべきものである。殊に阿片問題に関する我が台湾の政策の如きは、国際連盟の阿片委員会に於ても典型的のものとして之を礼讃し模範としつつあり、其の実際の成績に於ても明治三十三年に於て吸食者が人口百につき六・二であったものが、昭和九年末に於て零・四に減少しつつあるのみならず、而も之が処理に於て些の無理もなく最も人道的手段に出でつつある点に鑑み、支那紙の所謂『台湾の統治の例』云々という如き、儼然たる事実に全く目を覆うもので、臭いもの身知らずの類と評する外はない。

満州日日新聞 1936.8.29 (昭和11) 冀東政府の阿片専売制 九月一日より実施か

【天津特電二十八日発】冀東政府においてかねて準備研究中の阿片専売制度はこのほど準備完了、九月より実施される模様で、制度はその範を満洲国に取り阿片も熱河のものを使用する。

満州日日新聞 1940.2.20-1940.3.2 (昭和15) 北支と満洲 本社北支総局主催座談会 北支阿片問題

松井 只今湯河局長から話された物資の外に日本人としてピンと来ないかもしれませんが阿片問題があります、これは御承知のように北支は従前から阿片の消費地であり、生産地ではなかった、綏遠、甘粛及び熱河の阿片が北支に来ていますが、御承知の通り西北の方は巧く行かず今では熱河、甘粛の阿片は出来ず辛うじて綏遠の阿片が出て来ている訳です。一方満洲にては熱河の阿片は北支に流さぬ対策を執っており延いて北支に於ける阿片は減少しています。元来北支で阿片が出来ない事には沿革的に種々な理由が挙げられますが食糧問題と関聯して阿片問題も擡頭して来ています。処が北支自体としては非常に多量の阿片が現在必要です。然し蒙疆政府では同地方に対し栽培の全廃をやっており漸減の傾向にあります。然し北支は単に阿片ばかりでなく殊に満洲との関係に於ても貿易のバランスを図る点からても大きな事であります。従って満洲は飽く迄断禁制度であり北支の事は余り考えたくないという風に見えますがこの点も少し大きな立場から北支の方へ満洲の阿片を正当に流すことを考慮して頂きたいと考えます。
小松 北支の京漢線方面では地方的に栽培をやり可成り成績を挙げている処もあるように聞いていますが・・・
湯河 北支の阿片については農業から言えば奨励すべきかも知れませんが実際のところ現在では奨励しようとは思っていません、現在では緊要なことは食糧その他の農産物の生産ですから。
小松 何だか最近阿片のことについて漸禁主義の政策を行う状態ではありませんか
愛知 現在阿片政策は一番北支が立遅れているかも知れません。それに又一番慎重に考えて行っているものと思います。阿片の漸禁主義で行くことに就いて各方面とも異議はありません

時 二月十日
所 北京六国飯店
出席者=興亜院華北連絡部書記官愛知揆一氏△華北交通会社資業局長伊藤太郎氏△満鉄北支経済調査所長押川一郎氏△満洲中央銀行北京辧事処長河田正義氏△満蒙毛織会社北支部次長清岡健一郎氏△北京鉄路局長下津春五郎氏△満洲労工協会北京出張所長成沢直亮氏△興亜院華北連絡部事務官福田篤泰氏△在北京大使館経済部松井義夫氏△興亜院華北連絡部嘱託矢部僊吉氏△興亜院華北連絡部経済第二局長湯河元威氏△華北評論社小沢開策氏△本社側前田聡局長、小松記者

満州日日新聞 1942.8.27-1942.9.1 (昭和17) 建国十周年満洲国躍進の巨歩(6)阿片の断禁へ 禁煙の一元的機構完成(●は判読不能文字)

国民生活

 阿片と纏足、これは満洲旧来の陋習の中で先ず話題に上る双●であるが、逞しい建国運動の進展と激しい国際情勢の変転とは、こうした異国情緒の中にのみ満洲を見出すことを許さなくなった。建国十年間の時代の動きは纏足の娘さんを健脚を誇る近代的女性に変化した。路傍に腰をかけて客を待つ纏足の枕売りの娘さんは今日の満洲では最早や見られぬ懐古的風景であるが、然し阿片を飲む習慣は容易に止まるものでない。阿片の断禁には必ず国家権力の発動と救療機関の完備とを必要する。
 
 満洲国は軍閥政治に伴う阿片禍の混沌たる中に誕生し、建国匆々治安未だ安からざる時に早くも最も困難視される阿片問題の解決に着手し、大同元年十一月阿片法を制定し国務総理の●告を以て阿片麻薬断禁の根本国策を中外に宣明した。越えて康徳四年十月阿片断禁十ケ年計画を樹立し着々これを実施し断禁の完成を期し行倒れ病者を一掃し来ったが、更に康徳七年阿片断禁強化方策要綱を発表、官民共に断禁の効果顕揚に努力すると共に、康徳九年一月阿片断禁強化方策を一部修正し国民●●の作興、社会風教の刷新、国民体位向上を目標に、熾烈な熱意と固い決心とを以て阿片問題の解決に朝野の総力を動員している。

 満洲国が癮者に対し採っている根本方針は阿片断禁主義に基く漸減方策である。これは癮に陥っている者のみ救療上の必要から吸煙を許可し、漸次吸煙量の減少を図るという方策である。満洲国は広大な地域を有し民衆また阿片吸飲の根強い習慣を持っている関係上、即時断禁は弊害が伴う虞れがあるので、断禁主義に基く漸減方針を以て根本対策としている。

 阿片の配給は切符制度となっている。これは癮者に対して適正なる阿片の配給を行うと共に癮者の管理をなすための制度で、凡ゆる消費部門の配給制度に先行して実施され来っている。管煙所で配給を受ける癮者は専売官署に出頭して癮者たるの認定を受け、登録をなし阿片使用の許可を得て、政府売下げにかかる阿片薬の配給を受けるが、単価は阿片膏一本につき六十銭であり、病状に応じて最高三本までの吸飲が許される。配給を受けた癮者は管煙所内の管煙室で係員の監視の下に吸飲するを原則とし、病弱者、老齢者又は遠隔地に居住する者等、真に已むを得ない者に限り管外吸飲を認めている。管煙所の売下げする阿片膏は一本六十銭であるが、闇相場が一本三円に上廻っているため、癮者中には自己の吸飲量を過大に申請し闇取引の利益を目論んでいるものもあり、禁煙総局では適正吸飲量の認可には特に慎重を期し、吸飲実態調査にも入念を期している。

 潜在癮者、即ち未登録癮者の把握は断禁政策遂行の基礎であり緊急を要するので、康徳八年四月より十月末迄を整理期間として全満一斉に整理を実施した結果、康徳九年現在の阿片癮者は全満五十万六千九百三十八人の登録をみ、これを基礎に全国断禁政策が樹立されている。阿片麻薬の供給機関たる管煙所の運営は市県旗の管轄に属し全満現在数は公営管煙所五百四十五、公営管煙分所一千三十二所があり尨大な機構を誇っている。

 禁煙総局が現在その主力を注いでるのは癮者の矯治であり、矯治の機関には康生院を充てている。癮者は生ける屍ではなくて一時的に活動力を停止した遊休生命体である。彼等は康生院に収容され外部との接触を拒絶し、中毒症状の消失するまで医学的処置を加うると共に、癮者の通有性である無気力、●●、無関心等活力の消耗を恢復し、医療と併行した精神的更生手段が講せられる(以下略)。

東京朝日新聞 1942.11.10 (昭和17)薄れ行く匪賊の姿 悩み多き阿片断禁政策 特殊境熱河の変貌 上

 次に満洲国内唯一の罌粟指定栽培地としての熱河省の阿片政策の運用は省民経済の根柢を衝く大きな問題だ。省内全面積の一二パーセントの耕地のうちその四分の一が阿片を栽培しており全省八十万戸のうち六十八万戸を占める農家中実に二十万戸は阿片によって生計をたて正式に登録している。阿片癮者の数全省民の四分の一百万人に上るという有様で、記者は囲場を中心として山頂へまで耕された罌粟畑に立って開花期の美しさを思うとともに、街村に溢れる悲惨な阿片癮者の姿に、全省の僅か三%の耕地に全農民の二四%が依存しているという事実に想到し、阿片断禁政策進行に伴う代作問題の困難さ、健民政策上よりいうも阿片問題の根本的解決は焦眉の急務たることを痛感した。省当局では康徳五年度から三期十四年計画で断禁対策を強行中で、省煙政科の指導監督下に全省に阿片納入組合を結成、完全収買をめざしているが種々の困難な事情のため四割乃至八割の収買がようやくで、煙匪の侵入と、密輸密売をめぐる官吏の腐敗、阿片癮者の増加による国民体位の低下など再建熱河を阻む癌として治安問題と共に省当局悩みの種となっている。しかも大東亜戦以来、阿片の国家的増産要請は強化される一方で健民政策と矛盾撞着しつつも満洲国の阿片国策遂行上に幾多の問題を提起している。


 満洲国政府が実施したアヘン断禁主義に基く中毒患者漸減方策は、幾多の問題に直面しながらも、アヘン癮者(中毒患者)の矯治に成功し、「一時的に活動力を停止した遊休生命体」と化していた彼らを労働者として社会復帰させる段階にまで到達した。それは、中国共産党の資料公開に呼応した以下の中日新聞の反日報道によって証明された。中日新聞社よ、語るに落ちたり(笑)

中日新聞2008年8月17日 朝刊。 アヘン患者を炭坑動員 旧日本軍、満州で計画

 日中戦争当時、旧日本軍が中国東北部の旧満州国でアヘンの生産と販売を独占した上、治療した中毒患者の中国人を炭坑現場などで労働者として動員する計画を進めていたことが、愛知県立大(愛知県長久手町)の倉橋正直教授(65)=東洋史=の研究で分かった。

 倉橋教授によると、アヘンの専売は国際条約違反だったが、日本は旧満州国の農村部でアヘンを生産させ、都市部で販売。その収益で占領地支配の財政や軍事費を支える仕組みを作っていた。

 教授は中国吉林省の公文書館「档案(とうあん)館」で「関東憲兵隊資料」を発見。同資料を分析した結果、旧満州国内の18省116施設で治療を受けさせた中毒患者を、軍関連の労働現場で働かせる大規模な就労計画を立てていたことを裏付けた。

 資料は1945年6月末の作成。「建設向け」「鉱山労働向け」などに分類された3万人分の人員配分表もあり、旧日本軍が終戦間近の時点でも、旧満州国の110万人とされるアヘン患者を重労働の現場に動員しようと意図していたことを浮き彫りにした。
 37年に始まった日中戦争の長期化に伴い、旧満州国は戦線の後方基地として、軍事物資と労働力の供給が課題となっていた。

 倉橋教授は「戦時とはいえ、日本が国家政策としてアヘンに手を染めた実態を直視してほしい。日本は薬物汚染の加害者であったことへの反省を被害国に示さなければいけない」と話している。研究成果は、倉橋教授が今月刊行した著書「阿片(あへん)帝国・日本」(共栄書房)にまとめられた。

 中国政治史に詳しい西村成雄放送大教授の話 公的な資料に基づいた事実解明で評価できる。当時の日本による東アジア諸国への独善的な国家政策を認識することは今後、日本がこの地域でどう行動すべきかを考えるためにも有益だ。


 倉橋正直の談話は、日本国民へ日本軍に対する嫌悪感と中国人に対する贖罪感を扶植することにより我が国を共産中国に屈服させるために、中国共産党が日本国民に信じ込ませたい反日史観である。中日新聞は、この反日史観を否定する史実すなわち満洲国の阿片専売制度が阿片断禁主義に基く中毒患者漸減方策であったことを隠蔽(スルー)している。次の朝日新聞の記事も同様である。

朝日新聞2006年01月04日 旧満州国の中央銀、アヘン専売制へ資金 公文書館に資料 

 日本が戦前、中国東北部につくった旧満州国で実施されたアヘンの専売制度をめぐり、同国の中央銀行だった「満州中央銀行」が、生産や販売に資金を提供するなど制度確立に重要な役割を果たしていたことが明らかになった。

 愛知県立大の倉橋正直教授(中国近現代史)が、中国・吉林省の公文書館にあたる「档案館(とうあんかん)」が保存していた同銀行の内部文書を入手した。同国は建国当初からアヘンを歳入の柱の一つとしており、背後にあった当時の日本のアヘン戦略の全体像を解明する手がかりになる可能性もある。  

 満州国のアヘン専売は建国された1932年度に始まった。今回見つかったのは、同銀行が保管していた33年度(同国年号で大同2年度)の「阿片専売特別会計」の一部や、アヘンの原料となるケシの栽培農家に同銀行が費用を貸し出していたことを示す36年(同康徳3年)の資料など計約260ページ。档案館には敗戦時に散逸を免れた同銀行の内部文書が約5万点収蔵されており、その中に残されていた。

 「阿片専売特別会計」は、アヘンの集荷や原料からの製品化を受け持つ専売公署と同銀行との資金のやりとりの記録。首都の新京(現・吉林省長春市)にある公署以外に、国内に計10カ所あった専売支署が各地の同銀行分行や支行と個別に資金を収受していた状況が記されている。

 専売制度発足直後で軌道に乗っていなかったためか、「鴉片(アヘン)作業費 減額 六八四二九七六・一二」などと、年度末に収入見込みの減額を赤い数字で記入した文書が多かった。一方で、「違法阿片」を押収してその分を繰り入れたことによる収入増を「臨時密生産鴉片収納費 新規 三六八四五」と黒字で記して報告した文書もあった。各専売支署は地域ごとの販売権を政府指定の卸売人に独占させ、アヘンを流通させていた。35年7月30日付の「阿片収売人並ニ卸売人ノ保証金利息支払ニ関スル件」とした専売公署の通知は、卸売人から預かった保証金の利子を同銀行から各卸売人に支払うよう求めていた。

 1912年のハーグアヘン条約などでアヘンの輸出は国際法違反とされていたが、日本は国内で生産したアヘンを、アヘン戦争以降も多数の中毒患者のいた中国大陸に大量に流通させた。満州国でのアヘン専売は、同国を日本の傀儡(かいらい)政権とみなした国際連盟から厳しい非難を浴びたが、制度自体は敗戦まで継続した。


 今日の日本国民は、インターネットを活用すれば、中国共産党が倉橋正直に閲覧させた中国吉林省の公文書館「档案(とうあん)館」所蔵資料に頼らずとも、満洲国の阿片専売制度の詳細および実態と朝日の言う「その背後にあった当時の日本のアヘン戦略の全体像」を至極簡単に知ることが出来る。朝日新聞をはじめ当時の日本満洲の新聞がそれらを報道していたからである。
 ただ中国共産党に大和魂を売り渡した21世紀の反日新聞社とNHKがそれらを隠蔽し、テレビと新聞に依存して戦史を見聞する日本国民を騙しているのである

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posted by 森羅万象の歴史家 at 22:00| Comment(0) | 過去を旅する歴史コラム | 更新情報をチェックする
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