2006年08月28日

田原総一郎の狙い 現代の正戦論は永遠の不毛

 田原総一郎ら反日左翼勢力の歴史討論戦術は、憂国保守陣営に属する討論相手を不毛な正戦論に巻き込むことである。田原総一郎は卑怯者であると憤る者は、一日一押人気ブログランキングをクリック願います。 

 侵略の法的定義は未定であり、侵略戦争とは誹謗中傷語、罵詈雑言の類にすぎない。

 「侵略者という言葉は、アメリカ帝国主義とか赤色帝国主義とかいう言葉と均しく国際政治において、全世界から相手方を仲間はずれにさせるために用いられる讒謗の言葉である。」(高柳賢三博士)

 だから我が国のテレビ番組で散見される「満州事変以降の日本の戦争は自衛か侵略か」という問いかけは、「お前は、日本の戦争を罵倒するのか否か、どちらだ!」という詰問であり、この種の議論が百年のあいだ繰り返されたところで、なぜ日本の戦争は起きたのか、日本国内外の誰が戦争を起したのか、戦争の本質真相はわからない。

 だからこそ、わからなくさせるために、田原総一郎は左翼勢力は討論相手に「満州事変以降の日本の戦争は自衛か否か」と問いかけ、「自衛」と答えた相手を日本の戦争を正当化する者として道義的に糾弾し、歴史討論を不毛な正戦論に埋没させるのである。

 一般国民が日本の戦争の原因と責任の所在を理解すると、左翼は困るのである。彼らは、自己の嫌悪する「日本的なもの」「日本らしいもの」に戦争責任を転嫁して過去の反省歴史の教訓という名の下にそれらを糾弾し壊滅させることができなくなるばかりか、彼ら自身が糾弾されることになるから。

 田原総一郎は伊藤隆氏の近衛新体制を使い「日本の戦争」を執筆しながら、伊藤氏が指摘する近衛新体制の真実すなわち新体制運動の推進者が尾崎秀実ら共産主義者であったという事実を日本の戦争に書いていない。

 だから田原総一郎らが満州事変以降の日本の戦争に「侵略戦争」という罵声を浴びせるならば、討論相手は「日本の戦争を侵略と非難するならば、なぜ東亜新秩序の実現を目論み、支那事変の解決を執拗に妨害し我が国を対米英戦に誘導した尾崎秀実ら政府軍部内の共産主義者を糾弾しないのか、少しはヒトラーの国家社会主義ドイツ労働者党を否定する戦後のドイツを見習え!」と反撃すべきである。これは田原総一郎ら反日左翼勢力には極めて有効だろう。

 もっとも田原は唐突に話題を変えるかコマーシャルに逃げるだろうがふらふら


 アマゾンの評価では田原の日本の戦争に★が4つついている。残念ながら日本国民の多くは未だ覚醒していない…もうやだ〜(悲しい顔)

 田原総一郎はあとがきで、「日本の、太平洋戦争勃発に到るまでの近代戦争を辿る五年に及ぶ作業は、何よりわたし自身にとって大変貴重な勉強になった。そしてあの戦争が始まった原因は、軍部の暴走ではなく、世論迎合だった。」と書いている。

 所長はこれを読んで仰天した。5年間も調査研究をして、こんなデタラメな戦史しか書けないなんて…田原総一郎は一体何を勉強したというのか。SAPIOもよくこんなデタラメな戦史を連載したものだ。国民が田原総一郎のデタラメな戦史にだまされないように、所長が「日本の戦争」の間違いを論証し、田原の心理構造を分析しよう。

田原「明治憲法は、国民主権とは程遠く、この国は天照大神という天皇の祝賀の神勅によって定められた通り、天皇が主権者として統治すべき国であり、この一大原則は、万世一系、天壌とともに無窮であると宣言していた。

 つまり皇室の宗教が、すなわち国の宗教であって、一般国民は、皇室は神であるという宗教を強要され、憲法に記された信教の自由など空文に等しかった。天皇は、立法権、法律の施行、議会の招集、解散から官僚の任免権、そして陸海軍の統帥権まで握っていて、一方議会は、ほとんど何の権利も持たず、首相を選ぶことも、やめさせることもできなかった。そして国民の基本的人権は、天皇が恩恵として国民に許すという原則に立ち、天皇がいつでも制限できる権限を持っていた。」(148p)

所長:いやはや、唖然、呆然なんとも形容し難い、そして救い難い憲法論ですな。

 帝国憲法告文において、明治天皇は、皇祖(天照大神)皇宗(歴代天皇)皇考(父の孝明天皇)に向かい、「益々国家に丕基鞏固にして八洲民生の慶福を増進する」ために、皇室典範及憲法を制定し、「朕が現在及将来に臣民に率先して此の憲法を履行して慫らざらむこと」を誓われている。即ち明治天皇は御自身が憲法に制限される立憲君主であることを宣言され、天皇主権(無制限絶対権力)を明確に否定しているのである。

 そして天皇は、第55条2項「凡て法律勅令その他国務に関る詔勅は国務大臣の副書(註、承認、同意)を要す」によって独自に如何なる法律勅令国務(行政)に関する命令をも発することができない「無権力者」であった。故に第3条「天皇は神聖にして犯すべからず」という無答責(無責任)の原則が定められ、第55条1項「国務各大臣は天皇を補弼(註、助言)し其の責に任ず」に基づき天皇を補弼し、法律勅令詔勅に副書を与える国務各大臣が責任を負うのである。田原の憲法論はすべて嘘である。田原は帝国憲法を読んでいないのではないかと疑わざるを得ない。

田原「なぜ、こんな時代に大規模なクーデターなど起きたのか。」(257p)

所長:北一輝が純正社会主義者を自称し、彼に煽動され2・26事件を起こした皇道派青年将校が革新将校と呼ばれていたように、彼等は天皇尊重を擬装して治安維持法から逃れ、共産党独裁ならぬ天皇親政(独裁)による国内革新を狙ったマルクス・レーニン主義者であった。だから立憲自由主義議会制デモクラシーと財閥(資本家)と政党を激しく憎悪排撃したのである。

 田原は、「1936年前後、我が国の経済は成長路線に入っており、クーデターなど起こす必要はなかったのに」なんて書いているが、戦前戦後、革新勢力は実際の政治経済を理解できない。だから皇道派革新将校は、後先の事をろくに考えずに天皇親政による国内革新を狙ってクーデターを敢行し、戦後、高度成長路線の最中に、全共闘や日本赤軍などがゲバルトイストホフヌング(暴力は希望だ)と叫んで暴れ回り、今日、社会主義共産主義マルクス・レーニン主義が破綻したことは明白なのに、我が国では依然として左翼勢力が市民人権環境平和の衣をまとって跳梁跋扈しているのだ。要するに革新(左翼、マルクス・レーニン主義)勢力はバカなのよ。

田原「満州事変についてもうひとつ考えてみたいことがある。もちろん侵略戦争だし、中国の中に日本の傀儡国家をつくるというのはとんでもないことだ。」(300p)「九月二十四日には、連盟理事会に、日本が撤兵を直ちに開始し、十一月十六日までにそれを完了させるという決議案が出された。採択の結果は十三対一で、反対は日本一国だけであった。(全会一致が必要なため、法的には成立せず)。これは連盟が、満州事変を、日本の主張する自衛の戦争ではなく、侵略戦争だと裁定したということになる。」(348p)

所長:決議案が成立しなかったのに、どうして連盟が侵略戦争だと裁定したというのか?侵略戦争だと裁定したならどうして国際連盟は、対日制裁を発動しなかったのか?リットン調査団、国際連盟は、満州事変を日本の侵略戦争とは認定しなかったのである。そもそも万里の長城が示すように、支那人は玉門関、山海関の外を化外の地(野蛮人の土地)と蔑視しており、歴史的に見て満州は支那ではない。実際、辛亥革命前、日本に留学していた康有為ら保皇党と孫文ら革命党が横浜で論争していた際、我が国の国民新聞が保皇党を支持し「革命党は清朝政府を倒すと言うが、彼等は支那人ではないか。支那人にして自国の政府を倒すというのはおかしい。」と革命党を批判したところ、革命党の胡漢民は激怒し、数万語を費やして満州と支那が違うことを力説していたのだ。

 平成7年に東京裁判却下未提出弁護側資料が公刊され、満州建国が溥儀を始め満州人の自発的意志であり悲願であったことが証明された。田原は、貴重な第一次資料を使わずに昭和40年の昭和史発掘(松本清張)なんて古めかしい資料を使うから、こんなデタラメな戦史しか書けないのだ。東京裁判却下未提出弁護側資料を使うと、満州建国が日本の侵略戦争ではなく、東京裁判が法と事実に基づく正義の裁判ではなかったことを認めざるを得なくなり、東京裁判反日史観を墨守する朝日新聞以下左翼陣営から糾弾される。だから田原は「満州事変は侵略戦争だ」と喚くのだ。侵略戦争の定義は確立されていないというのに…。

田原「満蒙を独自国家にするとはいっても、本当の目的は対ソ戦のための戦略拠点にするためなのだ。満蒙の独立は、彼にとってそれ自体が目的ではなく日本の軍事戦略のための手段なのである。ここは大いに問題ありだと指摘しておいて先を追うことにしよう。石原たちは1928年の段階からすでに満蒙領有を決めていて、しかも対ソ戦の戦略拠点にすると定めていたのだから、自衛のための戦いという解説は説得力にかける。」(352p)

所長:この記述を読んで笑ってしまったのは私だけだろうか。満州を対ソ戦の戦略拠点として、ソ連の極東攻略を撃滅することこそ、我が国のみならず東亜の自衛である。元マルクス・ソ連シンパの田原には、ソ連の脅威、恐怖がわからないのだろうな。

田原「五族協和、王道楽土のスローガンに、石原たちはどこまで本気だったのか。井上寿一(学習院大学教授)に問うた。「本当は、完全な植民地領有というかたちがよかったのでしょうが、石原たちは、欧米の反応に配慮した。これが一番強いでしょうね。とくにアメリカは満州事変に相当苛立っていましたから。それと現実に満州を構成したのが五族なのだから、あまり反日が強まらない植民地支配のレトリックとしては、五族協和が最もおさまりがよかった。」

 井上は、至極客観的な口調でいい、「五族協和は後付の理屈」だとつけ加えた。」(358p)

所長:「日本の戦争」の特徴は、田原が電話や面接をして聞いた評論家学者の証言をやたらに紹介していることである。我が国の歴史学者の多くは、反日左翼史観の持ち主や自説保全に自己保身を生業としている。井上証言は、事変勃発以前に満州青年連盟の民族協和運動など各種の独立運動が存在し、石原が彼等の理想活躍に感服して領有案を撤回したことを無視しており、客観性を欠いている。

 石原が領有論者から独立論者に転向し、東亜連盟の指導者として、民族協和実現に奔走し、朝鮮独立運動すら支援していたことは、石原莞爾資料を始め各種の資料に明記されている。田原がこれらを紹介せず、学者の証言に依存する理由は、日本の戦争が批判された際、文責を回避するためであろう。

田原「もちろん、石原が中国と緊張関係を解こうとしたのは、決して彼が平和主義者だったからではなく、石原にとって何よりも重要なのは対ソ戦であり、全エネルギーを対ソ戦の準備にそそぐべきで、中国などいささかでもエネルギーを費やすべきではないと考えていたのである。念のために記しておくが、石原が、もしも平和主義者ならば対ソ戦も考えず、謀略による満州事変を惹起させるなどということもあり得なかったはずだ。」(376p)

所長:石原莞爾は日蓮研究とヨーロッパ戦史研究から世界最終戦争による世界恒久平和を構想した平和主義者です。田原は、東亜の平和を維持する為には、ソ連の極東攻略を撃滅する必要があったことや、「平和主義者が戦争を起こす」という逆説が時として成立することを、理解できないのである。

田原「日本の近代戦争に詳しい秦郁彦は、日本軍が中国の奥地へと入り込んだ理由について「司令官とか師団長とかが、新しく赴任するごとに、勲章や昇進狙いで、戦略的には意味のない新しい作戦を行った」のだと証言した。なぜ日本軍はずるずると、四十五年八月の敗戦まで中国と戦闘をつづけたのか。」(384p)

所長:大本営陸軍部戦争指導班機密戦争日誌昭和二十年一月五日欄に明記されているじゃないか。「重慶政権との全面和平は成立せず、従って重慶の分裂崩壊に依る延安政権の中央化を企図す。」…田原の調査能力は絶無だな。

田原「日本を持てる国の下位に位置づけるより、「持たざる国」の代表としての位置に置いた方が、カッコよく、国民に受けやすい。受けやすい論理というのは、実は危険なのだが、わたしには、あるいは近衛の主張は、受け狙い、つまり人気とりも計算に入っていて、だから政界登場が大歓迎されたのではないか、とさえ思える。」(386p)

所長:近衛が京都帝大を卒業した翌年の1918年に発表した「英米本位の平和主義を排す」は、持たざるプロレタリアートが暴力によって、持てるブルジョアジーを覆滅して彼等の富を奪うことは正義人道である(造反有理)というマルクス主義に基づく論文なのだ。

 田原が使った近衛文麿上(矢部貞治著/弘文堂)67~69pには、近衛が河上肇に師事しマルクス主義に心酔していたことが明記されているし、同じく軍ファシズム運動史(秦郁彦著)は、「マルキシズムの富の再配分思想は、対外的に拡大解釈される為、侵略主義に転化しやすい。」と解説しているじゃないか。田原の目は節穴か?

田原「蒋介石は回答を先延ばしにし、この間に軍部内では、首都南京を捨てて重慶に逃げた蒋介石政府は、一地方に過ぎず、和平交渉の相手ではないとする意見が高まった。結局日本政府はディルクセンにトラウトマン工作を打ち切るように伝えた。大本営と政府をつなぐ連絡会議で、この問題は連日論議されたが、近衛は終始沈黙を続けた。近衛は和平交渉打ち切りに反対であったのだが、それを表明すれば陸海軍大臣が辞任し、内閣が崩壊して、軍の傀儡政権が出来ることを恐れたのである。」(397~398p)

所長:黒を白、カラスをサギと言いくるめるとは、まさにこのこと。蒋介石政権の回答が遅れる間に、政府内では蒋介石政府は、一地方に過ぎず、和平交渉の相手ではないとする意見が高まったが、ソ連を警戒する参謀本部は、蒋介石政権との早期和平を主張した。

 だからこそ、昭和13年1月15日の大本営政府連絡会議では、陸海軍統帥部とくに参謀本部は強硬に早期講和を主張し、多田駿参謀次長は涙を流して蒋介石政権との和平交渉継続を求めたが、近衛以下政府は、内閣総辞職を示唆して参謀本部を恫喝し、和平交渉を打ち切り、翌日、爾後国民政府を相手とせずという声明を発表したのである。

田原「秦郁彦の四万人説などがあるが、わたしは何度も説明を受けた秦説にリアリティを覚えている。」(398p)

所長:田原は、正論諸君、戦争論などを目に通し、秦の4万人説が法的事実的に批判されていることを知っているはずだ。また田原自身、戦史を研究して何度も繰り返された日支和平交渉や日米和平交渉で、南京事件なるものは全く問題にされていなかったことに気づいたはずだ。田原は、30万人説も4万人説も成り立たないことを知っている。

 しかし虚構説を採れば、中国共産党や朝日新聞の逆鱗に触れ、谷沢永一氏がテレビ東京から追放され、櫻井よしこ氏が日本テレビから追放されたように、テレビ朝日から追放されてしまう。だから朝日新聞が一時採用したという秦の4万人説にリアリティを覚えているフリをして「日本軍はなぜかくも大量の虐殺を犯してしまったのか」と分析してみせているのだ。田原は曲学阿朝(学を曲げて朝日に阿る)のジャーナリストである。

田原「実は近衛には、日中戦争の収拾について何の成算もなかった。強硬な声明を発した直後に、木舎幾三郎が、近衛に「なぜ愚かな声明を出したのか」と詰問すると、近衛は黙って聞いたあと、「ぼくの力が弱いんですよ。」と一言いっただけで、それ以上何もいわなかった、ということだ。北岡伸一も近衛の「国民政府を対手とせず」声明を、「昭和政治史最大の愚行の一つ」だと決めつけている。近衛のこうした「ぶれ」は、人間としての近衛に対する興味、いや魅力をいやでも高めさせるが、こうした、聡明で論理的でかつあまりに人間的なゆえに「ぶれ」の大きい人物をリーダーとし、また彼に対する国民の人気が異様に高かったことが、日本の昭和の歴史の不幸だったといえるだろう。」(400p)

所長:参謀本部の猛反対を恫喝して「爾後国民政府を対手とせず抹殺する」と世界に宣言して早期講和を粉砕してしまった理由を聞かれて「僕の力が弱いんですよ」と答えた近衛は、狂気のニュースピーカーではないか!

 日中戦争の収拾について何の成算もないまま、強硬な声明を発し、我が国を破滅へ導いた「ぶれ」の大きいキチガイを「聡明で論理的な人物」と評価し、「近衛のこうした「ぶれ」は、人間としての近衛に対する興味、いや魅力をいやでも高めさせる」と勝手に決めつける田原も、狂気のニュースピーカーである。このような人物が政界仕掛人を気取っていることが、平成日本の最大不幸である。田原は「さんまのまんま」で冗談めかして「自分はもうボケている」と言っていたが、その通りだろう。老人性痴呆症の初期段階に入っているぞ、間違いなく。

田原「東亜新秩序建設とは何なのか?…全中国の満州国化宣言だと解釈するのが正解だろう。」(406p)

所長:不正解。近衛の最高政治幕僚、尾崎秀実が白状したように、「東亜新秩序」とは東アジア共産主義社会のことです。汪兆銘工作は、支那事変を長期化させ、ソ連中国共産党の勢力拡大を図り東亜新秩序を建設するコミンテルンの謀略なのだ。近衛が我が国の戦争目的として公表した「東亜新秩序」の内容を、個人の憶測で決定するなんて、ふざけるんじゃない。田原にはインフォメーション&インテリジェンス能力が全く存在しない。

田原「日本に「独裁者」がいたら戦争は止められた。」(407p)

所長:独裁者がいなくても戦争は止められた。帝国議会が伝家の宝刀、予算承認権を行使して軍事予算を否決すればいいのだから。

田原「近衛が既成政党を破壊して一国一党を実現する目的は、軍部を独走させない、抑え込むことにあった。」(413p)

所長:参謀本部の猛反対を恫喝してトラウトマン工作を打ち切り、第一次近衛声明を発表して支那事変を拡大長期化させた張本人は近衛である。漢口攻略強行を公表し、宇垣外相や参謀本部の和平工作を妨害した張本人も近衛である。支那事変拡大長期化は近衛の独断暴走である。よって近衛が一国一党を目指した目的が、軍部を抑え、戦争を止めることであったという史観は誤謬である。

 近衛新体制運動とはコミンテルン35年テーゼに基づく東亜新秩序を目指した国内革新(社会主義)運動だったのだ。なお田原が使用した近衛新体制(伊藤隆著)は、新体制運動の中核が尾崎秀実であったことを述べているのに、田原は尾崎に触れようとしない。田原は依然として内心左翼であり、大東亜戦争を引き起こした元凶がマルクス・レーニン教であったことを隠蔽しようとしているのである。

田原「だが坂野潤治は、軍部も含めて、少なくともこのときは、アメリカと戦争する気持ちなど全くなかったはずだ、といい切った。」(422p)

所長:これは大きな間違い。陸軍省部は、「世界情勢の推移に伴う時局処理要綱」に基づき対南方武力行使の具体的検討と準備を開始していた。「対米英戦争準備大綱案(註、種村佐孝起案)陸軍省に移す、主任者大いに同意し企画院に移し本案に基き企画院を表面に立て之が促進に努力すべきを約す。」(大本営陸軍部戦争指導班機密戦争日誌昭和十六年二月二十日)
 田原よ、いい加減な学者の証言に依存せずに、自分の目で第一次資料を読みなさい。

田原「明治以来、天皇主権でありながら自ら決断は下さないという、1935年に否定されたはずの「天皇機関説」が生きていたのか。それとも昭和天皇の資質によるものであったのだろうか。」(441p)

所長:帝国憲法は、主権という文言を使用していないばかりか、明確に天皇主権を否定している。1935年に美濃部の機関説が排撃されたからといって従来の憲法解釈が否定された訳ではない。帝国憲法は立憲自由主義議会制デモクラシー君主制を定めた世界に誇るべき開明的な憲法であり、昭和天皇は、内閣統帥部の輔弼輔翼に従う立憲君主であられた。田原よ、憲法学の初歩ぐらい勉強しなさい。

田原「日本陸軍は四九個師団の兵力があるが、そのうち二七個師団を中国戦線に投入している。対ソ戦を行うには、二七個師団を大幅に減らしてソ連攻略に向けなければならないが、蒋介石政府との和平が成立しない限り、現実には無理だ、というのが東条の意見だった。まことに冷静で合理的な意見であった。」(442p)

所長:昭和14年秋、昭和15年春、陸軍内では、中南支放棄、戦線縮小が議論された。また畑俊六支那派遣軍総司令官は、対米英開戦に反対し、敢えて之を強行するならば、中南支を放棄し支那戦線を可能な限り縮小して戦力国力の弾撥力を恢復すべきであると陸軍中央に具申したが、受け容れられなかった。支那戦線を縮小し、派遣軍の主力を投入して、ドイツと共にソ連を挟撃する戦略の方がはるかに合理的で国益に適う。

田原「なぜ開戦に反対する天皇の意を誰よりも知る木戸、あるいは近衛が身を挺してでも「反対」しなかったのか。」(452p)

所長:それは連中が開戦論者だったからじゃないか。バカ!

所長の総評

 田原総一郎は、小学5年生で敗戦を迎え、約7年間、GHQに洗脳され「戦前の日本は天皇主権の非デモクラシー暗黒国家、日本の戦争は侵略戦争、外国は平和愛好国」という価値観を叩き込まれ、講和条約発効後、マルクス主義に汚染された典型的な戦後民主主義世代である。だが今日、小林よしのり氏の戦争論などによって、GHQ史観やマルクス・レーニン主義が糾弾され、田原自身、大いに戸惑っている。だがGHQ史観、マルクス・レーニン主義が完全否定されることは、これらを信奉してきた田原自身の人生70年間が否定されることを意味し、田原にとっては耐え難い苦痛なのであろう。

 「日本の戦争」とは懸命に戦後民主主義を弁護しようとしている田原総一郎という老人の卑屈、戸惑い、焦りの反映なのである。もちろん歴史の真実とは無縁である。


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