2009年06月25日

近代日本民主主義の起源「五箇条の御誓文」と帝国憲法

 かつて駐日アメリカ大使として来任したライシャワーは、「終戦後始めて日本がデモクラシーを採用したものである」という日本人の説を「とんでもない誤解だ」といって否定したという。

 葦津珍彦氏の話によると、かつてある座談会で、日本の学者が「デモクラシーは日本では精々十五、六年来のものだから仲々うまくかない」と述べたところ、ライシャワー氏が「とんでもない、デモクラシーは日本では百年来のものですよ」と反論したという。

 日本の近代史に精通する知日派のアメリカ人にとって、昭和天皇がGHQの了承を得て「新日本建設の詔書」に加えられた明治天皇の五箇条の御誓文が日本のデモクラシーであった。

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 明治天皇が発布された帝国憲法の第5条と第37条が五箇条の御誓文の一つ「広く会議を興し万機公論に決すべし」を具現化する条項である。

憲法義解第5条「天皇は帝国議会の協賛を以て立法権を行う」

 恭て按ずるに、立法は天皇の大権に属し、而して之を行うは必ず議会の協賛に依る。天皇は内閣をして起草せしめ、或いは議会の提案に由り、両院の同意を経るの後、之を裁可して始めて法律を成す。故に至尊は独り行政の中極たるのみならず、又立法の淵源たり。

憲法義解第37条「凡て法律は帝国議会の協賛を経るを要す」

 法律は国家主権より出る軌範にして、而して必ず議会の協賛を経るを要するは之を立憲の大則とす。故に議会の議を経ざる者は之を法律とすることを得ざるなり。一院の可とする所にして他の一院の否とする所は亦之を法律とすることを得ざるなり。


 伊藤博文が枢密院帝国憲法制定会議に提出した帝国憲法原案の両条項には「承認を経て」とあったが、承認の語感は下克上の嫌いを否めず強すぎるという反論があり、大激論の末に、承認は協賛に置き換えられたが、意味は殆ど変わらない。
 協賛とは承認、承諾、同意であり、帝国議会出席議員過半数の可決のことである(憲法義解第47条解説)。

 帝国憲法は統治大権統一主義と法律王命主義を採り、立法権は天皇の大権であり、法律は天皇の命令であるが、立法権の行使と法律は必ず帝国議会すなわち公選の衆議院と勅任の貴族院との両院の同意が必要不可欠である。

 例えば、天皇の政府が国民に対して新に租税を課し或いは税率の変更を行う際は必ず法律を以てそれらを定めなければならない(帝国憲法第62条)。だから衆議院が政府の増税計画に反対し、新規の課税と税率の変更を行うための政府の法律案を否決すると、政府は増税を行うための新規の課税と税率の変更を実施できない。すなわち帝国憲法の法律事項は帝国議会の認可事項であり改正可能事項である。

 憲法義解第62条「新に租税を課し及税率を変更するは法律を以て之を定むべし」

 新に租税を課するに当て議会の協賛を必要とし之を政府の専行に任ぜざるは、立憲政の一大美化として直接に臣民の幸福を保護する者なり。
 蓋し既に定まれる現税の外に新に徴額を起し及税率を変更するに当て、適当の程度を決定するは、専ら議会の公論に倚頼せざることを得ず。若し此の有効なる憲法上の防範なかりせば、臣民の富資は其の安固を保証すること能はざらむとす。


 そして伊藤博文らは我が国の立憲政治に伸縮自在の柔軟性を持たせるために、憲法には政治の大綱目のみを載せ細目を法律に譲った結果、実に広範囲の政策が帝国憲法の法律事項となった。

 すなわち行政各部の官制、文武官の俸給、文武官の任免(10条)、戒厳の要件と効力(14条)、日本臣民たるの要件(18条)、臣民の文武官の公務就任権(19条)、臣民の兵役義務(20条)、納税の義務(21条)、居住および移転の自由制限(22条)、逮捕監禁審問処罰(23条)、住居への侵入と捜索(25条)、秘密信書の開封(26条)、私有財産の公益処分(27条)、言論著作印行集会結社の自由制限(29条)、陸海軍法(32条)、衆議院選挙法(35条)、議院法(50条)、裁判所の司法権行使、裁判所の構成(57条)、裁判官の資格と裁判官の懲戒(58条)、裁判の非公開(59条)、特別裁判所の管轄(60条)、行政官庁の違法処分に権利を侵害された事件の訴訟を扱う行政裁判所の構成(61条)、新規の課税と税率の変更(62条)、会計検査院の組織および職権(72条)が帝国議会両院の承認を経なければならない法律事項となった。

 これらに議会の協賛を必要とする起債および国庫負担となる契約(62条)、国家の歳出歳入の予算(64条)、年限継続費(68条)、議会の事後承諾を必要とする法律に代わる緊急勅令(8条)、財政上必要の処分を行う緊急勅令(72条)を加えると、帝国憲法76条項のうち実に30項目が帝国議会の認可事項なのである。

 帝国憲法は帝国議会に強大かつ広範な権限を与え、まさに「広く会議を興し万機公論に決すべし」の立憲君主制議会制デモクラシーを確立した。もし帝国憲法がデモクラシーに反する専制憲法であり、敗戦以前の我が国にデモクラシーがなかったのであれば、連合国のポツダム宣言第10項は、我が国に「the revival and strengthening of democratic tendencies among the Japanese people」を要求してこなかっただろう。

 もっとも日本の外務省が降伏時のどさくさにまぎれて上の要求を「日本国国民の間に於ける民主主義的傾向の復活強化」と悪訳した結果、それまで単に主権在民を意味していた「民主主義」という言葉が、日本の敗戦を契機に、議会制デモクラシー(大衆参加政治、戦前は民本主義、輿論政治、平民政治と呼ばれていた)という意味を併せ持つようになってしまい、戦後日本の言語空間では、帝国憲法は、左翼から反民主主義(主権在民)的憲法と罵倒され、反左翼人には民主主義(議会制大衆参加政治)的憲法と擁護されるようになった。

 おそらく多くの一般国民が帝国憲法および敗戦以前の我が国を理解し難くなった原因は、帝国憲法の評価の分裂と民主主義の語義の混乱であろう。

 ドイツから帰国した伊藤博文が憲法起草中の国体論争において金子堅太郎に言い負かされて変節し、エドマンドバークの保守主義を学び(憲法制定と欧米人の評論 参照)、フランス暴力革命のイデオロギーたるルソーおよびシェイエスの主権在民(国民主権)を断固として否定排除しつつ、「広く会議を興し万機公論に決すべし」の立憲君主制議会制デモクラシーを確立した所に帝国憲法の真の偉大さがあるのだが、戦後生まれの国民の多くはそのことに気づかぬまま、自らの精神を主権在民論に征服されてしまった。

 主権在民は最悪の無法な国民専制政治であって、国民の代表が法を無視して一般国民を虐待する悲劇を生むのである。

 ベルジャーエフいわく「国民主権のなかでは、国民は滅亡する。国民主権は、人間主権である。人間主権はその限度を知らない。そして人間の自由と権利を侵犯する」と。

<関連ページ>

神か人か天皇とは何か―伊藤博文憲法義解第三条解説の伊東巳代治英訳文

・古くて新しい隠れた名著-葦津珍彦の「昭和を読もう」昭和史を生きて―神国の民の心

占領軍と東大憲法学者の犯罪-帝国憲法下におけるシビリアンコントロールと八月革命説の虚構

天長節に思う応神天皇の遺業と日本の国柄 帝国憲法第六条の法律王命主義

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ラベル:皇室 憲法
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posted by 森羅万象の歴史家 at 22:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 本当は怖い憲法のはなし | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
所長様、お久しぶりです。


私自身大学で法学を専攻する者ですが、戦後憲法学の影響は非常に大きいようです。周りの学生は「明治憲法は非民主的である」ことに疑問を抱かないのが「普通」ですので・・・
Posted by 大学生 at 2009年06月26日 18:10
大学生さん、そうでしたか。帝国憲法を読んだ後、少し考えれば帝国憲法が立憲議会制デモクラシーを確立したことは理解できるはずだから、是非とも周りの学生に疑問を抱かせてください。
Posted by 森羅万象の歴史家をめざす所長 at 2009年07月01日 00:56
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