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2008年12月28日

未曾有の経済危機を読む「日銀引き受けで25兆円支出増という思考実験――パンドラの箱を開ける」野口悠紀雄を読む

 野口悠紀雄氏が「日銀引き受けで25兆円支出増」という思考実験――パンドラの箱を開ける」と題してケインズを再評価し、積極財政に理解を示している。以下茶色の文字は野口氏の文章である。

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 「アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)は、12月16日に事実上のゼロ金利を決定した。いまや、日米金利差は逆転してしまった。したがって、日銀が金利引き下げを行なっても、格別の効果は期待できない。

 ところで、「現在の日本の状況はケインズ経済学によって理解できる」と前回述べた。ケインズ経済学が提唱する経済政策は、財政拡大だ。それは、現在の日本で意味があるだろうか?
 これからの日本で生じるのは、輸出という外生的需要の急縮小だ。それに対抗して財政支出を拡大し、経済全体の有効需要の落ち込みを回避するのは、当然ありうる政策である【注1】。

【注1】開放経済下のマクロモデルである「マンデル=フレミング・モデル」では、前回述べたように、「財政拡大は無効」とされる。しかし、それは、「現在からの経済拡大を意図する財政拡大が、輸出減少によって打ち消される」という意味だ。外生的な需要の落ち込みを補填する財政拡大は、意味がある。

 なお、標準的なマンデル=フレミング・モデルでは、輸出が外生的に減少すると金利が低下して円安になり、輸出が増える。つまり、金利と為替レートの変動による自動調整効果が働く。しかし、日本の現実では金利が流動性トラップの状態に落ち込んでしまっているために、このメカニズムが働かない。これは、単純な「所得=支出モデル」で現状をかなり正確に理解できることを意味する。」


 なぜマンデル=フレミング・モデルでは「財政拡大は無効」とされるのか?政府が自国経済の拡大を目的として10兆円の国内公共投資(有効需要)を増やせば、なぜ自動的に金利が上昇し円高になって10兆円分の輸出(有効需要)が減少するというのか?いろんな説明を読んでも、所長にはイマイチ理解できない。そもそもこのモデルは日本経済に当てはまるのか?
 
 「私はこれまで、財政拡大という考えには否定的だった。それは、以下で述べるような「無駄遣いの大盤振る舞い」になることが、現在の日本の政治環境の下では明らかだからである。

 しかし、いまは、発想を転換させる必要があるかもしれないと考えている。その理由はいくつかある。

 第1に、これから予想される需要の落ち込みがあまりに大きいため、無駄を心配するのは適切でないかもしれないからだ。放置して大量の失業と遊休設備を発生させるよりは、無駄があってもそれらを活用するほうがよいかもしれない。映画「七人の侍」のなかで、村の古老が「首を切られるかもしれないときに髭の心配をしてどうする」と言う場面がある。いま日本が置かれているのは、そうした状態かもしれない。

 第2に、ひょっとして財政拡大をうまく活用し、都市インフラの整備を進めることができるなら、日本社会を転換させることができるかもしれない。それは大変難しいことではあるが、不可能ではない。金融緩和と円安方向の経済政策は、輸出産業にとって有利な政策である。それに対して財政拡大によるインフラ整備は、国民生活を豊かにする。そして、日本の産業構造を輸出産業中心のものから、脱却させるだろう。そうした「日本経済大転換」構想は、少なくとも考えてみる価値はあると言えるだろう。

 第3に、財政拡大の可能性を頭から否定して目を向けないでいても、現実の政治の世界でその方向がなし崩し的に行なわれる可能性は強い。そうなれば、財政拡大の望ましくない側面だけが実現してしまう危険がある。それよりは、可能性を虚心坦懐に検討し、そこにいかなる問題があるかを具体的に探ることのほうが重要であろう。」

 もちろん税金の無駄遣いは良くないことだ。しかしそれは、国内の資金循環である限り、多数の業種と無数の国民を潤す。これを無用の用と言う。無駄のようで、それなりに役に立っているということである。

 「ただし、以下に述べる政策(とくに、日銀引き受け国債発行)が、多大の副作用を伴う劇薬であることは事実である。それは、日本社会を破壊してしまう危険性をも持っている。だから、私はこれを必ずしも望ましいものとは考えていない。ましてや、ただちに行なうべきものとは考えていない。以下に述べることは、一種の思考実験であると理解していただきたい。

日銀引き受け国債発行によるインフレ財政

 まず問題になるのは、規模だ。すでに、2兆円の定額給付金の支給が決まっている。しかし、今後に予想される有効需要の落ち込みは、輸出だけでも10兆円程度のオーダーになる可能性がある。それに設備投資の落ち込みが加わるので、これまで日本経済が経験したことがない規模の需要縮小が生じる。GDPの0.4%でしかない2兆円程度では、まったく不十分である。
 
 意味がある政策のためには、GDPの数%、つまり10兆円を超える規模の拡大が必要である。たとえば、「GDPの5%に当たる25兆円程度を3年間で支出する」ということが考えられる。

 形態としては、減税や給付金では貯蓄に回る可能性が強いので、有効需要創出の観点から言えば、直接の政府支出が必要だ。
 すると問題になるのは、財源だ。今年度すでに、法人税を中心として急激な税収の落ち込みがある。税収欠陥は7兆円を超えると考えられている。

 その結果、今年度も国債発行額が30兆円を超えるのは、すでに不可避である。09年度の国債発行額も35兆円程度になるだろう。これに加えて毎年8兆円程度の財政拡大を行なえば、国債発行額は40兆円を超える。こうした拡大は無理だというのが普通の考えだろう。

 しかし、国債増発は不可能ではない。市場消化では不可能かもしれないが、日銀が引き受ければよい。
 もちろん、日銀引き受けの国債発行は、財政法で禁止されている。しかし、この規定は、国会の議決によって回避することが可能だ。したがって、財政法改正という面倒な手続きを経なくても、日銀引き受けの国債発行は可能である。参議院が否決したら衆議院で再議決すればよい。

 「増大した国債残高が償還できなくなる」という意見があるだろうが、通貨増発による国債発行でインフレが起これば、国債の実質残高は減少する。したがって、国債残高は、これまでの累積分も含めて、雲散霧消する。年金のインフレスライド条項を停止すれば、年金財政問題も解決する。これこそ、「究極の財政再建策」と言えるものであり、財政当局が喉から手が出るほど望んでいるものだ。なお、これは、戦後の日本で実際に起きたことである。

 もちろん、日銀引き受けの国債発行は、財政法で禁止されている。しかし、この規定は、国会の議決によって回避することが可能だ。したがって、財政法改正という面倒な手続きを経なくても、日銀引き受けの国債発行は可能である。参議院が否決したら衆議院で再議決すればよい。」
 
 言うまでもないことであるが、日銀引き受けの国債発行は、封印されていたパンドラの箱をあけることだ。だから、中から何が飛び出してくるか、わからない。飛び出してくる悪魔のうち最も恐るべきものは、言うまでもなくインフレだ。財政法で日銀引き受け国債発行が禁止されているのも、戦後の経験に基づいてこれを防止するためだ。
 
 これまで日本で行なわれた量的緩和措置は金融面に限ったものだったので、インフレをもたらさなかった。しかし、通貨増発による財政拡大は、有効需要の拡大を伴っているので、インフレをもたらす危険が十分にある。ただし、それは支出の規模にもよる。仮に輸出減を補うだけの拡大にとどまれば、有効需要がネットで増加することにはならないから、インフレは起こらないか、軽微に留まるだろう。


 日銀が紙幣を刷り、政府が貨幣を造るのだから、政府は政府貨幣発行権を活用すれば良いだけのことである。

 敗戦後の日本では、生産力が回復していない時に政府が通貨膨張政策を採らざるを得なくなり、需要に対して供給が追いつかなかったから、物の不足が生じ悪性のインフレが発生したのであって、現代の日本では、アメリカのサブプライム・バブルが弾けて日本の輸出が減少する前から生産力が過剰で、供給に対して需要が不足している。だから政府支出の拡大規模が減少する輸出金額を大きく越えても、インフレにはならない。それどころか「GDPの5%に当たる25兆円程度を3年間で支出する」だけでは足りないだろう。

 敗戦後の経験を基にインフレを防止するために日銀引受の国債発行を拒絶し続ける政府日銀の政策は、生産力を喪失していた当時の日本と、デフレ不況に苦しむ現代の日本との差異を無視する愚策である。

 「仮に輸出減を補うだけの拡大にとどまれば、有効需要がネットで増加することにはならないから、インフレは起こらないか、軽微に留まる」と述べる野口氏は、つまり「輸出減を補うだけの拡大にとどまらなければ、有効需要がネットで増加することになるから、深刻なインフレが起きる」と考えているということである。

 野口氏は輸出が減少する前の日本経済つまり今年の夏ぐらいの日本国には、余剰の生産力も生産力の拡張性もなかったと考えているのだろう。竹中平蔵と同じ妄想に囚われた供給側経済学者である

 それにもし冒頭のマンデル=フレミング・モデルが正しいのなら、これは財政出動、積極財政による景気回復に伴う「累乗指数」(ケインズ経済学の基本)の無効を宣言する理論だから、仮に通貨増発による財政の拡大が輸出減を補うだけの拡大にとどまることなく、政府が大盤振る舞いをして、野口氏のいう3年25兆円を大きく越えて3年50兆円の財政支出を増やす場合、半分の25兆円が「外生的な需要の落ち込みを補填する財政拡大」で、残りの25兆円分が「現在からの経済拡大を意図する財政拡大」となるのだから、後者は無効すなわち景気浮揚効果なしということになり、インフレを起せないはずである。

 マンデル=フレミング・モデルという仮説を信奉する者が、「通貨増発による財政拡大は、有効需要の拡大を伴っているので、インフレをもたらす危険が十分にある」というのは理論的に破綻しているのではないか?

 ただし、実際にその範囲に抑えられるかどうかは、確言できない。金利がゼロに近い状態でインフレが起これば、年金生活者と金利生活者にとって深刻な問題が生じることは、言うまでもない(財政が危機的な状況にあるので、公的年金のインフレスライド条項は凍結されるだろう)。それは、政治状況を著しく不安定化させ、日本社会を破壊するかもしれない。
 
 なお、こうした事態が生じた場合、資金の海外逃避が起こる可能性がある。すると、円安が進行するだろう。ただし、それは国内インフレに応じて購買力平価を一定に保つためのものなので、実質為替レートは変化しない。つまり、これによって輸出産業の競争力が増すわけではない。
 
 資本逃避を防ぐため、為替管理を強化することも考えられる。そうなれば円安方向の動きは生じず、国内インフレの分だけ実質為替レートが円高になるだろう。これは、輸出産業の競争力を低下させ、日本の産業構造を転換させる。


 だからインフレの発生は杞憂であるし、政府貨幣発行権があるのだから、実は財政が危機的な状況にある訳でもない。年金生活者と金利生活者にも積極財政の恩恵をもたらすために、政府は通貨発行権という財源の一部を使い、国民が負担する社会保障費を軽減するか、或いは消費税率を5%から3%に下げるか、食品にかかる消費税をゼロにすればよい。そして悪性のインフレが発生した時に消費税率をもとに戻せばよいのである。

 野口氏のいう「為替管理の強化」は、日銀が発生したインフレを鎮めるために金利を引き上げることなのだろうか。為替レートが円高になっても、必ずしも輸出産業の競争力を低下させるとは限らない。我が国は輸入原料を安く買えるし、米国の景気が回復すれば、為替レートに左右されない高付加価値の日本製品すなわち日本の大中小メーカーにしか造れない製品の対米輸出が増えるだろうから、円高が日本の産業構造を転換させるとも限らない。また円高が日本の輸出産業の競争力を低下させたら、日本の貿易黒字が減り為替は円安になって、輸出産業は息を吹き返すのではないのか。円高は円安を内包するのではないか?

 無駄遣いの大盤振る舞いも止むをえない?

 もう1つ問題となるのは、「いかなる支出を行なうか」である。ただし、有効需要拡大が目的なら、これは、二義的な問題と見なされる。「どんな内容の支出であれ、国民経済計算上の有効需要となること」が必要なのだ。だから、極端なことを言えば、穴を掘って埋め返すだけの公共事業であってもよい。それが雇用を吸収し、経済全体の生産を増加させるなら、それで政策は成功ということになる。

 この点は、日本の政治家が必ずしも理解していないことのようだ。定額給付金の決定にあたって、所得制限を課すか否がが問題となった。結局は事務手続き的に問題があるために見送りとなったものの、「金持ちが給付金を受けるのは望ましくない」という常識論は、強く残存しているようである。

 しかし、これは、有効需要拡大策と救貧策を混同した考えだ。有効需要拡大が目的であれば、所得制限をかけるべきではない。むしろ重要なのは、「貯蓄されないこと、支出されるにしても輸入品の増大を招かないこと」である(輸入が増えれば、日本経済の有効需要は拡大しない)。他方で、救貧が目的なのであれば、生活保護の拡充を行なうべきであり、定額給付金のような一律の施策は望ましくない。今回の定額給付金の最大の問題は、そもそも政策の目的がはっきりしないことであった。

 もちろん、財政支出拡大に伴う望ましからぬ副作用は、いくらでも指摘できる(ケインズがこうした負の側面をほとんど考慮しなかったのは、不思議なことである)。

 当然予想されるのは、無駄の著しい拡大だ。「どんな支出でもとにかく有効需要を拡大すればよい」ということになれば、たぶん真っ先に行われるのは、山の中の道路のような不要不急の公共事業であろう。用地買収等の手続きが必要ないため、手っ取り早く事業に取り掛かれるからだ。さらに、過剰能力をかかえる事業者が地域に存在するため、ただちに事業を開始することができるからである。

 かくして、事業を地元選挙区に誘致したい政治家の活動が大々的に行なわれ、日本国中で無駄遣いの大盤振る舞いが行なわれることになるだろう。さらに、自然景観破壊等の問題ももたらされるかもしれない。事態がここまでくれば、「髭の心配」だとも言えないかもしれない。


 デフレスパイラルが急進している現下の事態では、たとえ山中の道路のような不要不急の公共事業でも、有効需要を喚起するものは、無駄ではない。新規に開始される土木公共事業に就職口を得て給料を手にする人々は、必ず消費して他の産業に従事する人々に利益を配分するだろう。それを無駄と言い切る野口氏は乗数効果(経済波及効果)を過小評価している。

 それに用地買収等の面倒な手続きを必要としない公共事業や自然景観を破壊しない公共事業はいくらでもある。学校施設といった既存の公共施設の建替や、自衛隊員や海上保安官の増員といった公共部門の雇用、あるいは軍艦、危機管理船、カジノ船、海洋温度差発電船、海上風力発電の実験プラントの建造といった海洋型公共事業などである。

 デフレ不況下の積極財政を否定する人々は、野口氏のように発想が貧困なのである。

「諸刃の剣」をうまく使えるか?

 いかに緊急の有効需要拡大が必要とはいえ、上で述べたような無駄遣いが望ましくないことは、明らかである。公共事業成金が輩出する半面で年金生活者が困窮する社会は、考えるだけでおぞましい。

 しかし、仮に拡大する財政支出を国民生活の水準向上に資する用途に振り向けることができるなら、日本社会を変革することができる。その意味で、いまはまたとないチャンスである。キャッチフレーズ的に言えば、日本版ニューディールである。

 内需拡大によって国民生活を豊かにする経済政策は、1980年代の「前川レポート」の時代から必要だったことだ。21世紀になっても、依然としてそうだった。本当に必要だったのは、公共事業を圧縮することではなく、逆に着実に内需を拡大してゆくことだったのだ。

 日本では、住環境も、都市のインフラストラクチャーも、いまだに不十分なままである。下水道が整備されていない地域もいまだに首都圏にすら存在するし、鉄道が平面交差で「開かずの踏み切り」になっている地点も多い。本来は日本の経済力をこうした方向に振り向けて生活を豊かにすべきだったのだ。そのようなことが可能だったにもかかわらず、現実にはなされなかった。
 
 そして、金融緩和と円安誘導を行ない、輸出産業による景気回復を実現しようとした。この政策は、たしかに輸出関連産業の利益を拡大させ、株価を引き上げ、かくして「戦後最長の景気回復」を実現した。しかし、豊かになったのは輸出関連産業だけで、景気回復の利益は、一般の日本人を豊かにしなかった。そして、それがいま破綻しようとしている。
 
 仮にすでに述べたような事情で、財政拡大政策によって実質円レートが増価すれば、輸出産業はほぼ壊滅するだろう。かくして日本の産業構造は大転換し、内需主導型のものに変わることになる。
 現在でも、都市のインフラストラクチャー整備として、行なうべきことは多い。たとえば、下水道が引かれている場合でも処理能力が低いため、家庭でディスポーザーを使うことができない(1960年代末にアメリカに留学したとき、日米の生活水準の差として何よりも印象的だったのは、アメリカの家庭で、生ゴミをディスポーザーで処理していることだった)。また、都市の上空を醜くしている電線や電話線を地中に埋設し、テレビを地上波からケーブルに切り替えて住宅街の見苦しいアンテナ群をなくすことも必要だ。
 
 しかし、本当に必要なそうした方向に資源を振り向けるためには、政治による配分機能が的確に機能しなければならない。財政拡大は「諸刃の剣」なのであり、うまく使えれば大きな効果が得られる半面で、下手に使えば社会を破壊してしまう。ここで述べたような政策を実行しコントロールできる政治家がいるか否かが、最大の問題だ。


 野口氏のいう「戦後最長の景気回復」の正体は、名目成長率が伸びずに物価が下落し実質成長率がプラスになるというデフレ不況の継続でしかなかった。だから国民1人あたりのGDP小渕内閣時の世界2位から世界19位に転落し、G7中最下位になってしまった。

 野口氏の言うとおり「豊かになったのは輸出関連産業だけで、景気回復の利益は、一般の日本人を豊かにしなかった」のである。なぜならもともと日本の経済構造が内需主導型であって、バブルの崩壊以後、恒常的な内需不足に苦しんでいたのに、小渕恵三首相の急逝以後、政府が内需喚起政策を怠っていたからである。

 そこにアメリカのサブプライムローンが破裂して、外需が減少し、トヨタをはじめ輸出企業が次から次へと利益を失い、情け容赦なく派遣労働者を解雇し始めたことが日本国内の消費の低迷と内需の不足に拍車をかけ、日本経済はデフレスパイラルに突入したのである。

 デフレでは物価が下がり通貨価値が上がるから、トヨタをはじめ大企業が通貨に恋して内部留保を溜め込み、これを吐き出そうとしないのは、不況に喘ぐ企業の生存本能としては当然で、我々がそれを非難しても仕方がない。

 政治家は国民の代表であり国民の一員であり国民そのものだから、政治家の資質イコール国民の資質である。だから最大の問題は、テレビ番組に登場する有識者の中に、マクロ経済に疎い一般国民を啓蒙し、通貨発行権を活用する積極財政路線と公共事業を中心とする景気対策を国民に理解させる人がいるか否か、である。

 野口氏のように今なお日本の潜在的余剰供給力を過小に評価し、また悪性インフレの恐怖を誇張して宣伝する人には無理だろう。

 それにしても政府日銀が通貨発行権を拡大行使して積極財政政策を採れば、円の価値が暴落すると恫喝する人がいるかと思えば、野口氏のように「財政拡大政策によって実質円レートが増価すれば、輸出産業はほぼ壊滅するだろう」と予測する人もいる。

 また丹羽春喜教授は次のように述べている。
 
 フロート制(変動為替相場制)は信賞必罰のシステムだ━━わが国の悪循環的衰退は「反ケインズ」思想への追随が原因━━

 過去四半世紀ないし30年間にもわたって、わが国の経済を苦しめてきた悪循環的なプロセスは、幾つもあるわけであるが、そのなかでも最も重大な結果をもたらしたものとして良く知られているのが、フロート制(変動為替相場制度)の特質にまつわる「不況」と「円高」の悪循環であろう。

 すなわち、国内需要の不振・低迷による不況に直面した企業は、外需に依存せざるをえなくなり、死にもの狂いの輸出努力で生き残りをはからざるをえなくなる。他方、原・燃料の輸入にしろ、最終財の輸入にしろ、いずれにせよ、国内不況の状況のもとでは、その輸入量は減少・低迷する。要するに、国内で不況が発生すると、輸出にドライブがかかり、輸入が抑えられ、貿易収支黒字が拡大(あるいは貿易収支赤字が減少)する傾向となる。

 かつての 360円=1ドルといった固定レート制の場合であれば、このような貿易収支黒字の拡大(外国からの輸出代金純流入の増加)が、必ず、景気の回復をもたらすことになった。1950年代、60年代に、わが国の経済の高度成長が長期にわたって持続しえたのは、そのようなメカニズムによるものであった。

 しかし、1973年から導入されたフロート制のもとでは、このような貿易収支黒字の拡大は、すぐに、その国の通貨の対外交換価値──つまり対外為替レート──の高騰を、国際通貨市場においてもたらさずにはおかない。日本の場合であれば、「円高」が高進するわけである。しかし、言うまでもなく、そのような「円高」の高進は、輸出を困難にし、輸出産業をはじめとして、全般的にわが国の諸産業に多かれ少なかれ打撃を与え、不況は悪循環的に永続化することになる。

 1970年代の後半以降今日までの30年間にもわたって、わが国の経済がかつての高度成長とは打って変わった低成長に呻吟してきたのは、まさに、このような悪循環によるものであった。 1970年までの360円=1ドルというレートから近年の110〜117円=1ドルというレートまで円高になり、1990年代の半ばごろにいたっては80円=1ドルといった超円高にもなったのであるから、わが国の経済が長期停滞の不振状態に落ち込んでしまったのも、いわば、当然のことであった。

 すなわち、現行のフロート制(変動為替相場制度)のもとにおいては、ある国の政策当局が国内的に「総需要」(すなわち「有効需要支出」の総額)の確保を怠り(あるいは、それに失敗し)、デフレ・ギャップを生じさせて不況を発生させしまうと、上述の悪循環的な不況の永続化という「罰」を受けることになるわけである。他方、フロート制は、為替レートの変動を媒介として、適切な程度に国際収支の自動的な均衡をもたらすシステムでもある。

 したがって、ケインズ的政策によって国内的に「総需要」を十分に確保し、デフレ・ギャップもインフレ・ギャップも発生させないようにすれば、マクロ的に完全雇用・完全操業の「国内均衡」状態を達成しうるとともに、フロート制の特質によって、望ましい程度に「対外均衡」も自動的に達成されるという理想的な経済運営が、実現されうるのである。このような意味で、フロート制は、まさに、信賞必罰のシステムなのである。

 わが国の政策担当者たちは、新古典派に追随しようとするあまり、この基本的な定理を軽視してきたために、わが国の経済を、30年にもおよぶ長期的な悪循環的衰退プロセスに陥れてきてしまったのである。要するに、フロート制がうまく作動するためには、主要各国が、ケインズ的なマクロ的有効需要政策を十分に実施していなければならないということが、重要な必要条件なのである。
 これは国際経済理論の最も初歩的かつ基本的な定理の一つである。

 エコノミストであれば、ここで、重大な疑問を持たざるをえないはずである。なぜかと言えば、1973年(ないし、その前後)に、わが国ほか全世界の西側陣営主要諸国が固定為替レート制からフロート制に移行したのは、新古典派「反ケインズ主義」軍団の総帥フリードマンなどによる「フロート制に移行すべし!」というきわめて声高な唱導に、当時の主要諸国の政策担当者たちが従うにいたったという面が多かったということが、周知の事実だからである。

 もちろん、上述の「信賞必罰」というフロート制の特徴を、フリードマンも十分によく知っていたにちがいない。したがって、フロート制が、全地球規模で円滑に機能するためには、主要諸国が、常に、ケインズ的有効需要政策を適切かつ十分な規模で実施している必要があるということも、フリードマンはよく知っていたはずである。
 それなくしては、たとえば日本経済を1973年のフロート制への移行より現在まで、長年にわたって苦しめてきた上述のような悪循環プロセスが、全世界の随所に発生することになるにちがいないということも、フリードマンたちは、よく認識し、予見していたであろう。

 ノーベル賞を受賞したほどに頭脳明晰な経済学者であった彼が、この重要な国際経済の基本的メカニズムを「うっかり忘れていた」などということは、ぜったいにありうることではない。だとすれば、フリードマンたち新古典派が、フロート制の導入を各国に強く要求しながら、同時に、グローバルな規模で、反ケインズ主義の思想的・政治的キャンペーンを繰り広げてきたのは、「きわめて大きな矛盾であり、思想的良心の欠如ではなかったのか?」と批判されざるをえないことになるわけである。


 訳がわからない所長には、国民の啓蒙は無理なので、是非とも小野盛司先生に詳しい解説をお願いしたいものです。

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タグ:経済
posted by 森羅万象の歴史家 at 21:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 時評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。

所長様のブログは内容が濃いのにランキングは上がりませんね(笑)。

日経新聞も経済紙を名乗るのであればこういう記事を掲載すべきでしょうね。

社会人になったときに日経新聞を読むように半ば強制されましたが、マヌケな記事ばかりでカネを払う価値がないのでもうやめてしまいました。

個人のブログでこれだけの記事をタダで読めるのですから、日経新聞なんかカネを払って読んでいる人はただのおバカさんです(笑)。

ただブログにも良し悪しがあって、義によりてナントカさんは、野口さんを見習えと言いながら、公共事業には反対だそうです(笑)。

今の日本に必要なのは内需拡大であり、消費を増やすことですが、そのためには消費税の廃止、正規雇用の拡大、非正規雇用の待遇改善などによって消費性向を引き上げることでしょう。

ただし、これには即効性がないので、当面は政府の財政出動によって景気の下支えをしなければなりません。

財政破綻なんて、日本政府が外貨建てで莫大な借金をしているわけでもないのに、なんでそんなことを心配するのか理解できませんね。

円建てならばいくらでも返せるに決まっているのに。

もちろんインフレには注意しなければなりませんが、今はその心配はないでしょう。

またまた長々とすみませんでした。
Posted by saratoma at 2008年12月31日 01:29
saratomaさん、

>義によりてナントカさんは、野口さんを見習えと言いながら、公共事業には反対だそうです

 日本には、やるべき公共事業、やらなければならない公共事業、とかたくさんあるのに、日の丸ステルス戦闘機の中核となるであろう心神プロジェクトとか、義によりてナントカさんは、よくわからない人ですね。
Posted by 武器屋こと所長 at 2009年01月02日 19:51
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